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 邪神様がみてる~忘れられた社長~


 一月二一日、太陽は西へと傾き始めているが、その姿を隠すほどでもない時間帯。天気は晴れ。昨日と比べて雲が多いような気がするが、的中率九九.八パーセントのセクシーな気象予報士が晴れと言っているのだから、これくらいの雲では「晴れ」ということなんだろう。気温は相変わらず冬真っ盛りといった感じだが、先週に比べて幾分か温かい。こんな日は冬の海へドライブ、なんて凄く気持ちが良いだろうなあ。車も免許も持ってないけど。
「……サー!プロデューサー!聞いてるんですか!?」
 お世辞にも広いとは言えない事務所に怒声が響く。声の主は眼鏡にお下げがチャームポイントの秋月律子。アイドルの傍ら765プロの事務仕事まで引き受けてくれている面倒見の良い委員長肌の女の子だ。元は事務員として採用されていたのだが、人手不足の際にアイドルとして売り出されたらコアなファンにヒットしたという経歴を持っている。正式にアイドルとして活動している現在でも古くからのファンが多いようだ。
「あ、あぁ…。ちゃんと聞いてるよ」
 今置かれている状況から逃避したくて、意識は冬の海へドライブしていたはずなんだが、たった一声で事務所まで戻されたようだ。目の前には腕組みをして怒りマークの律子を筆頭に、所属するアイドルたちが勢揃いしている。いわゆる765プロオールスターズだ。
 さて、どうしてこんなことになっているのか説明しよう。本日は765プロの新年会。基本的に休日が不定期な仕事なのだが、偶然にも今日はアイドルたちの午後のスケジュールが全員オフだったということで急遽催されることになったのだ。と、予定を組んだのが一週間前のことである。そして今回の新年会の幹事は彼女たちのプロデューサーである俺なのだ。ここまで言えばおおよそ現状の説明になっただろうか。つまるところ、言い訳をするようで非情に見苦しいのだが、連日の激務に加え急遽別の仕事も入ったことが災いしてか店の予約を忘れてしまい、先ほど慌てて連絡したところ無理だったというわけだ。他にも手頃な店を手当たり次第電話をかけてみるものの、旗色は芳しくない。
「忙しいのはわかりますけど、もう少ししっかりしてくださいよプロデューサー」
「まぁまぁ律子さん。こうなってしまった以上プロデューサーさんを責めても仕方ないわ。それよりも、どうするか考えましょう」
 律子の言葉責めを笑顔で制したのは、同じくアイドルの三浦あずさ。所属アイドルの中では最年長で、おっとり天然お姉さんキャラである。また、九一センチメートルという事務所最大級のモンスターバストの持ち主でもあり、持ち前のハイレベルな歌唱力も合わさって、765プロには欠かせない存在となってしまった。経営的な意味で。壊滅的な方向音痴の彼女が奇跡的に事務所にいてくれて心底助かった。
「…そうですね。言いたいことは山ほどありますけど、確かにここはどうするか考えるのが先決ですね」
「とは言うものの、八方塞がりなのが現状なわけであって…」
「アンタってホント役に立たないわね!」
 律子から解放されたと思いきや、トゲのある言葉が降り注ぐ。今をときめくアイドル、水瀬伊織だ。親のコネで芸能界入りしたという特殊な経歴を持つ負けず嫌いでワガママな女の子だ。表向きは上品に愛想をふりまいているため、可愛い容姿も相まって、ファン受けは非情に良い。本人は上手く振る舞っているつもりだが、ところどころボロが出ているのでバレバレである。事務所内では見ての通り素のままだ。たまに照れると凄く可愛いのだが、九対一の黄金律がそれをなかなか許してくれない。
「やーい、兄ちゃんの役立たず~」
「やっくたたずぅ~」
 更に追い打ちをかけてくるのが事務所最年少の双子アイドル、双海亜美・真美。容姿がそっくりなため都合に合わせて入れ替わりながら双海亜美というソロアイドルを演じている。いたずら好きでまだまだ子供っぽいところもあるが、時折みせるオトナなカンジに心奪われるファンも多いのではなかろうか。なんて、本人の前では言えないが。
「ほら、伊織に亜美、真美。あんまりプロデューサーをいじめちゃ可愛そうだよ」
「そ、そうだよ。悪気があったわけじゃないんだし…」
 庇い立てしてくれた二人は菊地真と萩原雪歩。真はショートカットで凛々しく、いわゆる王子様タイプの美少年系アイドルである。活発で運動神経抜群であったりと、女性受けが非情に良い。当の本人は女の子らしくなりたいと思っているようだが、内面的なところでは実は所属アイドルの中では一番乙女なのではなかろうか。真を王子様と例えるなら、対する雪歩は臆病で泣き虫なお姫様と言ったところだろうか。清純派の美少女で、守ってあげたいという男の庇護欲が非情にそそられるためファンも多い。この二人はデュオユニットを組んでおり、美男美女カップル?として赤丸急上昇中だ。
「ねぇ、決まるまで向こうで寝てもいい?」
「わあっ、ダメだよ美希、そっちは社長室!」
「だって、社長の部屋の椅子って、凄くふかふかしてそうで寝心地良いと思うの」
「残念だけど、ウチの社長室の椅子はたいしたことないわよ」
「そうそうたいしたことない…ってどうして知ってるの千早ちゃん¡?」
「美希、折角集まってるんだし、みんなで考えましょう」
「ち、千早さんがそういうなら…ミキも考えるの」
 我関せずと社長室へ侵入しかけたのは星井美希。事務所の中じゃ一番人気の若手アイドルだ。幼いながらも突出したビジュアルから一気にブレイクした新人である。多方面に渡りそつなくこなす天才肌ながらも、割と飽きっぽい性格で、良くも悪くもマイペースなためトラブルも結構多い。もう少し真剣に向き合ってくれれば大化けすると思うのだが。
 美希を制止したのが天海春香と如月千早。春香は歌とお菓子作りが大好きで、素直で前向き、少し天然でドジっ娘という単体で見れば非情に可愛らしい女の子なのだが、いかんせん他のアイドルの個性が強すぎるため、没個性や地味と言ったレッテルを貼られることが多い。左右のリボンが特徴で、結構こだわりがあるらしい。実は腹黒で、裏の顔が存在するのじゃないかと巷で囁かれたこともあったが、あえて言わせてもらうなら断じてそれはない。千早は何事に対しても真面目で歌に関する情熱を人一倍持っており、歌うためにアイドルをやっている女の子だ。以前の彼女なら「新年会なんか参加する暇があるならレッスンします!」などと言うものだったが、最近多少は丸くなったようだ。その原因には彼女の家庭事情やら色々と複雑な経緯があるのだが、それはまた別の話。ちなみに美希は千早を尊敬しており、彼女の言うことに素直に従ったのはそれ故である。

 さて、どうするか考えようという結論が出たものの打開策が思い浮かばず、しばしの間事務所内に沈黙が訪れた。みんなも色々考えているようだ。考える仕草というのは人によって多種多様で、見ているだけで結構面白い。美希なんかは意外にも椅子に座り込み、顎に手をやり悩む探偵と言った格好で考え込んでいる。まるで眠ってる間に推理が終わってる某探偵のようだ。ってホントに寝てるじゃないか?と、思考が関係ない方向へとシフトしていた時のことである。この沈黙を破ったのは意外な人物であった。
「あの~、どうしてもお店でやらないとダメなんでしょうか?」
 高槻やよいだ。家が貧乏であるため、貧乏アイドルとして認識されがちだが、元気で明るく優しい面の受けが良い。また、雪歩とは別の意味で庇護欲がそそられるファンも多い。五人姉弟の長女であるためか、本人はお姉さんぶることもあるが、どちらかと言うとファンにとっては元気な妹的なポジションである。
「ほら、クリスマスの時も事務所で盛り上がったじゃないですか。あの、私、ああいうのでもすっごく楽しいかなぁって」
「あはっ、それいいかも!みんなでお料理作ったりしてやれば楽しいですよ、きっと」
 春香の意見をきっかけに、賛同の声が広がった。クリスマスの時の楽しかった思い出が蘇り、事務所内はパッと花が咲いたように明るくなりおのおのの会話がはずむ。ちなみにプロデューサーとして宣伝させてもらうと、クリスマスの時というのは完全初回限定生産のアルバムC4U!に収録されているのでそちらを参考にしていただきたい。
「えー、事務所でするのー。こーきゅーりょーてーが良いな」
「あ、それ良いね亜美!じゃあ真美はヤマブキイロノオカシ食べたーい!」
「真美、ヤマブキイロノオカシって何か知ってるの?」
「知らないよ。ヤマブキイロノオカシって言うくらいだから、モナカとかじゃない?」
「凄く…お茶に合いそうです…」
「えー、ゆきぴょん地味ー」
「でっ、でもでも、高級料亭の最中だからきっと凄く美味しいと思うよ…」
「いや、三人とも間違ってるから…」
 と、ほぼ無効票な反対意見で盛り上がる亜美真美と雪歩。それを呆れ顔でつっこむ真。亜美真美と雪歩、真の組み合わせはあまり見る機会はないのだが、なるほどこれはこれで面白そうだ。真は大変そうだが。
「あずささんはお酒を飲める年齢ですけど、結構飲める方ですか?」
「そうねぇ、あまり経験がないので飲めるかどうかわからないのだけれど、テキーラなんかは美味しそうな感じがするから飲んでみたいわねぇ」
「テ、テキーラですか?」
「ええ。今度一緒に飲みましょうね」
「い、いえ私はあまりそういった嗜好品の類は…。それに未成年ですので」
「千早、お酒も飲めないの?」
「ちょっと待った!伊織、あなたも未成年でしょ!」
「フン!律子にわからないでしょうけど、社交の場とかじゃ色々大変なんだから」
「はいはい。いずれにせよ、アイドルにそういうスキャンダルはタブーなんだから、発言は控えるように」
 こちらは大人組。律子を筆頭にバランス良く締まりのある感じだ。伊織はビジュアルイメージにとらわれず千早あたりと組ませれば少し背伸びした感じが出ていいかもしれない。
「それじゃあ、やよいは何が食べたい?」
「私はみんなで楽しめればなんでもいいです。あ、でもでも、出来れば弟たちにも食べさせてあげたいからタッパーに入れて持って帰りやすいのがいいです」
「ミキはおにぎりがいいと思うの。生たらこ」
「うっうー。具のあるおにぎりは久しぶりなのできっと弟たちも喜びます!」
「じゃ、じゃあみんなで作ろうね」
 料理の話で盛り上がる春香、やよい、美希。あ、美希起きたんだ。春香とやよいは元気で明るいっていうイメージがあるから万人受けするんだよな。そこに美希を加えれば面白いことになるかもしれない。あの二人が一緒なら、美希の仕事に対する真剣さも多少変わるかもしれない。
 あれこれと盛り上がるアイドルを見て、ユニットなんかについて考えているのは別に暇つぶしでもなんでもない。社長からそういうお達しがあったのだ。ソロで売るのも構わないが、雪歩や真のように相乗効果が付加される場合もおおいにあり得るので、そこらへんを考慮して彼女たちをプロデュースしてくれ、と。新年会の店の予約を忘れる原因となった別の仕事というのがこの件なのだが、彼女たちには申し訳ないが、不幸中の幸いというべきか、なかなか貴重なデータを仕入れることが出来た気がする。


「さて、俺のせいでこんなことになっちゃって仕切るのもどうかと思うんだけど、事務所で新年会をやることに決定したなら買い出しとか色々やることがあるよね」
 パンパンと手を叩いてみんなの注目を集めながら言う。威厳は皆無だけど。
「みんなに迷惑かけたお詫びに、今回は俺が奢るから何でも好きなもの買っていいよ。春香、料理担当頼めるかい?」
「えっ?は、はい。あの、でもプロデューサーさんの奢りって…」
 せめてもの償いと思って格好つけさせてくれ。頼りないプロデューサーだけど、たまにはこうやって見栄を張りたい時もあるんだ。
「ちょっと、アンタそんな大見得切って大丈夫なわけ?あとで社長に泣きついても知らないんだから」
「そうですよプロデューサー。ちゃんと新年会用の経費は取ってるんだから、そういうことはちゃんとしてもらわないと困るんですけど」
「あの~プロデューサーさん。あまり無理しないでくださいね」
 奢ったあとに財布を見て落ち込むだろうなと思っていたけど、それより先に別の意味で落ち込みそうだ。
「じゃ、じゃあ経費でお願いします…」
 なけなしの見栄は数十秒で粉々に崩れ去った。どう見ても逆に格好悪いだけだった。
「あぁそうだみんな。買い出しついでに初詣にいかないか?」
 と突然の提案を持ちかけてみる。
「初詣…ですか?」
 何故こんな一月も半ばを過ぎたような時期に?といった顔で見つめてくる千早。無理もない。だがわざわざそういう提案をしたのにも理由があるのだ。
「みんな年末年始はカウントダウンだったり、正月特番の生放送だったりと忙しかっただろ?だから行ってない子も多いんじゃないかなって思ってさ」
 そう。小さな事務所ながらもなんだかんだで顔の売れてるアイドルが多いので、テレビ局が力を入れるイベントではメインの番組を持ったりは出来ないものの、ゲストなんかで呼ばれることが多いのだ。特にあずささんは年末恒例の某歌合戦に初出演ということもあり、年末年始は色々な歌番組に出演している。年齢的に深夜に出演出来ない他の子も、お昼やゴールデン枠での生放送に出演したりと、例年に比べて非情に多忙な時期だったのだ。
「そういえば、今年は初詣行ってないわね。というより行くタイミングを逃してそのままって感じだけど」
 律子はテレビ出演は他の子ほど多くはなかったが、レギュラーで持ってるラジオ番組に加え、事務所の仕事までしてもらって一番忙しかったのではないだろうか。
「ボクも。行こうとは思ってたんだけど…」
「あの…。わ、私は家族と一緒に…その…ごめんなさいぃ~」
「わああ、雪歩!事務所に穴掘るのやめて!」
 どこからか取りだした御用達のスコップで事務所の床を掘る雪歩。あの細腕のどこにそんな力があるのかわからない。むしろスコップに秘密があるんじゃなかろうか。実はどんな地面でもプリンのように楽々掘れるスコップ、とか。
「そ、そうだぞ雪歩。別に悪いとは言ってないぞ」
 見慣れた光景だが、一応止めておかないと。ここ二階だし。
「そうだよ。亜美と真美も初詣行ったよー。おみくじ引いたもん。ね、真美」
「うん。二人ともマツキチだったよね。よくわかんないけど」
「それはマツキチじゃなくて、末吉よ」
 雪歩を皮切りに亜美真美や他の子まで盛り上がって収集がつかなくなりそうだ。
「はい、というわけで初詣に行くってことで異論はないな?」
 とりあえず決を採っておく。特に異論の声もなく、無事賛成という形にまとまった。なんだかプロデューサーというより、女子校の教師とかの方が感覚的に近いんじゃないだろうか。そっちの方が才能あるのかな…。いやいや。
「あ、そうだ。じゃあみんな振袖とか着て行きませんか?私一度振袖着て初詣とか行ってみたかったんですよ」
 春香がポンと手を合わせてそう言った。
「この時期に振袖っていうのもちょっとどうかと…。成人式の時期も過ぎたことだし」
「でも、物事はまず形からといいますし~。やるからには、徹底的にやった方がいいんじゃないかしら~」
「た、確かにそう言われてみれば、その通りなんですけど…」
 流石あずささん。律子の扱いに関してはプロ級だ。意識してやってるわけじゃないんだろうけど。
「というか振袖なんて高い衣装、ウチの事務所の衣装部屋にも二着かしかないでしょ。着物にしなさい着物」
「着物か…。確か正月特番で着たみんなの自前のヤツがまだ事務所の衣装部屋に置いてたと思うんだが」
「正月シーズンは頻繁に着るので、確かに置いてますが…」
「でも、メイクはともかくとして着付けとか大変じゃない?ボクあんまり着物とか着たことないから詳しくないんだけど」
「あ、あのっ、それなら私が…。着付けとか出来るから。みんなのも、手伝えると思うよ」
 雪歩は以前雑誌のインタビューで和服姿を披露したことがある。その時の着付けも一人でやってしまい、周囲を驚かせたことがあった。普段のおどおどしている姿からは想像できないだろうが、和の方面の作法はかなり躾けられているらしい。
「じゃあみんな、衣装部屋で着物に着替えてきてくれ」
 それを合図に「はーい」と返事をし、ぞろぞろと衣装部屋へ向かうアイドルたち。とその時、慌てたやよいが近寄って来てこう言った。
「あの、私の着物レンタルだったからもう返却しちゃったんですけど…」
 一難去ってまた一難。やよいが着物を持ってなかったのでレンタルしたのを失念していた。どうしたものか。みんなが着物の中、やよいだけってのも可愛そうだ。そうなると盛り上がってるみんなには悪いけどやっぱり無しって方向で進めるしかないかな。
「あらあら、それじゃあ私が昔着ていたのが家にあるから、それをやよいちゃんにあげるわ」
 そんな中、話を聞いていたあずささんが助け船を出してくれた。
「え?いいんですか?」
「ええ。もう着れるサイズじゃないし、親戚の子とかにあげてもよかったんだけど、愛着があったからなかなか手放せなくって」
 うふふと微笑みながらあずささんが言う。余程の思い入れがあるのかとても嬉しそうだ。好きなものや大切なものを語る時の表情はとても素敵だ。
「それじゃあプロデューサーさん。私やよいちゃんと一緒に一度家に戻って、現地集合ということでよろしいでしょうか~?」
「はい。でも場所わかりますか?事務所の近くの番南無神社ですけど」
「え~っと、ばんなむ~。どこかしら~?」
 やっぱり…。というか毎度毎度思うのだが、あずささんは何故自分の家にはちゃんと帰れるんだろうか。帰巣本能とか?仕方ない…。
「律子。悪いんだがついて行ってくれないか?」
「そうですね。私も一応他人の着付けくらいなら見様見真似である程度は出来ると思いますし、あずささんもある程度は出来ますよね?」
「えぇ。流石にプロの先生みたいに上手には出来ないですけど~」
「そりゃそうですよ。というわけでプロデューサー、あとのことはお願いします」
「ああ。わかった」


 律子たちが出て行ったあと残ったアイドルたちに声をかけ、外の空気を吸うために事務所を出ようとした時のことだった。ドタドタと階段を駆け上ってくる音がする。音は二階へと近づいて来て、事務所の扉の前で止まった。何事かと思いおそるおそる扉を開けると肩で息をしている女の子がいた。いや、年上の女性に対して女の子は失礼にあたるのだろうか?まぁ彼女の場合喜びそうだが。765プロ事務員、音無小鳥。事務員といいながらもプロデュース業のサポートをしてくれることが多く、実は縁の下の力持ちだ。元アイドルだったという噂もあるが、そのところ彼女の経歴に関してはあまり多く知られていない。妄想が趣味で暴走することもあるとかないとか。
「どっ、どうしたんですか小鳥さん。慌てて」
 確か小鳥さんはどうしてもはずせない私用があるとかで新年会は欠席するって聞いてたんだけど。
「あの…。はぁはぁ…」
「落ち着いて小鳥さん。はい、深呼吸」
 言われるままにすぅーっと息を吸い込み、はぁーっと吐き出すこと二度三度。
「落ち着きました?」
「はっ、はい~」
「それで、どうしたんですか?今日は用事があるって聞いてたんですが」
「それなんですけど聞いてくれますか¡?私、今日どーしても見たいお笑いのライブがあったんですよ!それで、友達がチケット取れたからすっごく楽しみにしてたんですよ!某匿名掲示板でだって大阪ライブの時の感想なんかも珍しく荒れずに絶賛進行だったんですよ?だからすっごく期待してたんです!それなのに、それなのによりにもよってチケットなくしちゃうんですよ!信じられます?プロデューサーさん!」
 まくしたてるように喋る小鳥さん。普段のイメージからは想像出来ないけど、お笑いにはうるさいって噂は本当だったんだ…。あれ、なんか意味違わないか?ちなみにこの後泣き出した小鳥さんをなだめて、いつもの小鳥さんに戻るまで十数分かかった。かくして、初詣&新年会に小鳥さんも飛び入り参加することとなったのだ。

 というわけで、無事あずささんたちと神社前で合流することが出来た。律子がついていただけあって時間に遅れることはなかった。むしろ先に来て待っていたくらいだ。事務所からの方が近いのに何故遅かったかというと、雪歩ひとりで残りのアイドル全員の着付けをやらなくちゃいけなかったので時間がかかって当然といえば当然なのだ。出来ることなら手伝ってやりたかったが、流石にそれは無理というものだ。心底残念だ。いやもう本当に。やよいはと言うと、髪の毛をおろしていた。少しウェーブがかったロングの髪が着物によく似合い、新たな一面を見た気がする。あまりロングというイメージはないが、左右にあれだけの量を束ねていることを考えればなるほど納得である。

 番南無神社は、日本の他の神社や仏閣に比べて歴史は浅い。というか数年前に出来た真新しい神社だ。規模は小さいが、鎮守の社がないことを除けば他の神社と大差ない構成となっている。大差ないのは構成だけだが…。さてこの神社、噂では邪神を祀っているらしい。何故そんな不吉そうなものを祀ってるのか理解出来ず宮司に聞いたところ、「反面教師というか二度と同じ過ちを犯さないように祀られたある意味自虐的な神社なんですよ。ですので、出来ればそっとしておいてやってください」とのこと。時折「主任…主任…」と呟くよくわからない人だった。関係者なのかもしれない。
「それにしてもこの神社、随分と変わってますね。鳥居なんかはそうでもなかったんですけど、本殿に近づくにつれてどんどん近未来的になって行くというか…」
 千早の言うとおり鳥居部分は普通だったのだが、参道を拝殿(本殿はなく、拝殿のみの構成となっている)に向かって進むにつれて近未来的になっている。そもそも木造じゃなくてコンクリートでもないよくわからない素材で出来ている。まるでSFの世界だ。騒ぐ亜美真美や、興味深そうに観察する律子、驚いて言葉も出ない春香など、アイドルたちの反応も多種多様だ。そして何より驚いたのは邪神様だ。拝殿へとたどり着き、その奥に祀られてる御神体である邪神様。なんというか、その…。
「キモッ!」
 素直な感想を率直に述べる伊織。
「わわああ、こら伊織!」
 慌てて伊織の口を手で塞ぎ、きょろきょろと周りを確認する。関係者はいないようだ。
「ちょ、ちょっと!何するのよ!」
「関係者に聞こえたらどうするんだよ。ちょっとは考えて発言してくれ」
「フン!何よ。だいたいこんなキモイのを祀ってる方がどうかしてるわよ。こんなのだったら、まだ社長の銅像を飾った方が何倍もマシよ」
 社長の銅像とは何の気の迷いか、765プロのアイドルグッズに紛れて生産発注されていたという謎のグッズだ。結局商品化するわけにはいかず、アイドルたちのソロアルバム全員分購入特典として処分することとなったのだが、予想に反して応募者が多い。現物はまだ見たことがないけど。
「兄ちゃん、早くお願い事して帰ろうよ。なんかここ怖いよ」
 さっきまではしゃいでいた亜美真美は怖がっている。やはり不気味な印象が強いのか他のアイドルも落ち着きなさそうだった。
「そうだな、新年会の準備もあるし、さっさと済ませよう」

 拝殿を出て、鳥居へ向けて参道を歩く。
「ところで、みんなは何をお願いしたんだ?」
 願い事や夢なんかは他人に言うと叶わないとか聞くが、まぁ聞いてみるのもお約束というやつだ。
「じゃあ春香から」
「ええ?私ですか?すっごく普通ですよ?今年もたくさん歌って、元気にアイドル活動できますようにって。それから、恥ずかしいんですけど…」
 少し照れながら春香が言葉を続ける。
「できれば、去年より転びませんように…ってわあああ!」
 言い終わらないうちに転ぶ春香。
「っと大丈夫?春香」
「ううう…。ありがとう真…」
 真が支えてくれたお陰で事なきを得たが、なるほど言うと叶わないってのは案外…。いや、春香の場合関係ないかな。
「伊織は?」
「この私があんなキモイのにお願いするわけないでしょ。みんながお願いしてる間、今年の仕事展開について考えてたわ。だってアンタだけじゃ頼りないんだもの」
 なんか酷い言われようだが、伊織なりに仕事の事について考えていたのは素直に褒めてやりたい。
「水瀬さんの言うとおりね。お願いするのは自由だけど、結局それを叶えるのは自分自身の努力と、プロデューサー次第ですもの」
「確かに小銭を投げ入れただけで願いを叶えてくれっていうのも虫の良い話よねぇ」
 千早が賛同し、律子もそれに頷いた。
「で、伊織。今年はどういう方向で仕事をしていこうと考えてるんだ?」
「去年はビジュアル重視で可愛い伊織ちゃんを全国に見せつけたから、今年はボーカル重視で下僕を増やすの。どう?いいアイデアでしょ。にひひっ」
 自信たっぷりに言う伊織。なるほどなかなか的を射た鋭い意見である。確かに伊織はどちらかと言うと写真集かを中心に活動することが多く、歌の活動は他のアイドルに比べて少なかった。
「それなら私に良い考えがあるわよ」
 こちらも自信たっぷりに言う律子。
「伊織、あなた声優に挑戦しなさい」
「声優?アニメの声を演じてる人?」
「そうよ。声も可愛いし、きっと今以上に新規層を開拓出来るに違いないわ」
「なるほど。確かにウチの事務所からそっち方面の仕事をした子はいないし、良い挑戦になるかもしれないな」
 最近はアニメや声優のCDが音楽ランキング上位に食い込んでくることも多いし、律子が言うのだから可能性のある話なんだろう。社長に相談してみる価値はある。
「私のことだからきっと可愛いヒロインばっかり演じちゃうに決まってるわ」
「せいぜい酢コンブが好きなヒロインとかじゃないか?」
「なんでそんな地味な設定なのよ!」
「す、酢コンブ美味しいよ。お茶にも合うし…」
「雪歩は黙ってて!」
「ううっ、ひどい…」

 さて、長くなりそうなのでまとめると、仕事関連のお願いをしたのが、春香・真・雪歩・律子・美希。お願いではなく、今年はどうありたいかと考えたのが、千早・伊織・あずささん。その他、亜美真美・小鳥さんとなった。ちなみに美希の仕事のお願いというのは「もっと楽できますように、あふぅ」だった。その他の亜美真美は多すぎてカテゴライズ出来ないし、小鳥さんに至ってはもはや妄想だった。あと聞いていないのはやよいだけだ。
「じゃあ最後はやよい。どんな願い事をしたんだ?」
「私ですか?お仕事のことと、それからそれから家族のことです。今年も一年、みんな元気に過ごせますように!って」
 予想通りというか、本当に家族想いの優しい子だ。
「あとあと、私…その…」
 ちらちらとこちらを伺いながらもじもじしてる。なんだろう、言いにくいことなんだろうか。
「やよいちゃん、どうしたの?」
 あずささんも不思議に思って心配している。
「あのっ、私、姉弟の中じゃ一番のお姉さんだから…、しっかりしなくちゃって思ってるんですけど、その…、たまには私も甘えれるようなお兄さんが欲しいなぁってずっと思ってたんです」
 顔を真っ赤にしながらやよいが言う。
「あらあら、それじゃあたまにはプロデューサーさんに甘えてもいいんじゃないかしら」
 そうか。やよいは家ではしっかり者のお姉ちゃんらしいし、確かに下に四人もいれば小さい頃から親にもあまり甘えられずに育ったんだろうな。やよいが素直に甘えれるように、俺ももっと頼れるプロデューサーにならないといけないのかもしれない。ありがとうやよい。これからもっと努力するよ。
「でもでも、お姉さんでもいいかなぁって」
「へ?」
「だって、お姉さんだとお下がりとか貰えてとーってもお得です。私、いつも妹に着れなくなった洋服を妹にあげたりしてるんだけど、こんな風にもらったの初めてで、新品の買ってもらうより心が暖かくなってとっても嬉しいです!」
「あらあら、それじゃあ私がやよいちゃんのお姉さんになってあげるわ」
「ホントですか?うっうー、さっそくお願い事が叶っちゃいました!いぇい!」
 あずささんがやよいを後ろから抱きしめる。頭をやさしく撫でてもらって、ご満悦の表情だ。
「あーやよいっちいいなぁー。あずさお姉ちゃん亜美も亜美もー」
「ずるいー。真美もー」
「はいはい、じゃあみんなのお姉さんになってあげるわね~」
「ワーイ!じゃあ亜美右のおっぱいゲットー!」
「じゃあ真美はひっだりー」
 あずささんを中心にキャッキャと騒ぐ亜美真美。全くこの二人はいつも騒ぎの元凶だ。もっとも、そういうところも含めてが亜美真美の魅力なわけだが。
 やよいのお兄さんになれなかったのは残念だが、ここに来てまた新たな収穫があった。つい先ほどまですっかり忘れていたのだが、ユニットの話だ。あずささんを中心にやよいや亜美真美の子供チームでユニットを組ませてみるのも仲の良い姉妹みたいで良いんじゃないかと思った。ただ、ここでひとつあずささんや亜美真美、やよいに謝らなければならない。
 ごめんなさい。傍目から見れば、姉妹というより親子に見えます。

「さぁ、新年会の買い出しにいくぞー」
 何はともあれ、アイドたちの結束が強くなればユニットの可能性もそれだけ広がることになる。こういう機会は出来るだけ作っていきたいと思う。事務所のためにも、彼女たちのためにも。
「そうそう、そういうプロデューサーさんは一体何をお願いしたんですか?」
 前を歩く春香が振り向いて来て聞いてくる。
「俺か?そうだな…。みんなの願いが叶ったら教えることにするよ」
「えー、私たちに聞いてずるいですよー」
 春香を筆頭に、次々と不満の声を漏らす。
「フン!どうせアンタのことだから、彼女が欲しいとかそんなチンケな願いなんでしょ」
「ええ!?ホントですか?プロデューサーさん?」
「ばっ、バカ!そんなことあるわけないだろ!」
「あっ…あの…、必死に否定するのは…あやしいと思います」
「プロデューサー。見損ないました…」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ~」

 さてさて、この後765プロから待望の二組目のユニットとして、三浦あずさ、高槻やよい、双海亜美のトリオがデビューすることになる。このユニットが異例の爆発的ヒットとなるわけだが、それはまた別のお話。

 プロデューサーが何をお願いしたのかが知りたいって?それは数多くのプロデューサー諸君の誰もが願っていることと相違ないと思うのだが、敢えて最後に明記しておこう。



――みんなの願いが叶いますように



 あとがき

遡ること07年冬。

コミトレにアイマスコピ本を出すので執筆しない?という話を持ちかけられて書いた作品。

SSでコピ本だし、だいたい4ページくらいでいいよ。

そう言われて書き始め、いざ本にしてみると17ページあって吹いたのも良い思い出。
東方スペースだし、タイトルが意味不明なSSオンリーのコピ本ということもあって無料配布でも余りましたが…。
あとがき書くのも忘れてたので一応公開します。

再利用するか、別の作品なりでまた本出せればと思ってるのですが、
どうやら人を選ぶ文体らしいので需要があるかは微妙ですけどね。


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