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 國仕武想 陽炎


シルバが側近に就いて、はや一月が過ぎようとしている。
彼のお陰で、國内の治安は安定し、その勢力をますます拡大していった。
誰もが彼を國に尽くす良き側近と認める中、ベナウィだけは晴れぬ顔をしていた。
と同時に、焦りと苛立ちが彼の心を覆っていた。
初めて出会ったときから危険と判断しているものの、それと言った行動は起こさない。
むしろ國の為に働き、今やその人望の厚さは計り知れない。
セイトまでが「お前の考え過ぎじゃねーか?」などと言う始末だ。
頼みであったチキナロも、未だ彼についての情報を入手できずにいる。


一体何が目的なのでしょう…。
などと、考えていたベナウィの所に、1人の男が慌てて駆け込んできた。
「ベ、ベナウィ様!!」
「…何事です。騒々しい」
真夜中の静まりかえった中での慌てぶりに、若干引きながらベナウィは答えた。
この男、ベナウィ騎兵隊に所属する男である。
他人より腕力や行動力は劣るが、その知力をベナウィは高く評価している。
一騎兵としては考えられないくらいの学の持ち主で、いずれは高い地位に就くことが想像できる。
「セイトゥレイド様が…」
「セイト?」
「はっ、はい!!」
セイトがどうしたというのだろう。また何かやらかしたのだろうか?
しかし、この男の慌てぶりは相当のものだ。
聖上に無礼を働いた、などと色々考えられることはあるが、考えていても仕方ないと判断したベナウィは話を次に進める。
「それで、セイトがどうしたと言うのです?」
「それがっ…。と、とにかく来て頂ければ…」
そう言うやいなや、男は駆け出す。
どうやら事態は予想よりも遥かに大きいものらしい。
ベナウィは立ち上がり、早足で男の後に続いた。


男が向かった先は、城のとある蔵。
食料や薬の材料となる薬草などが貯蔵されている。
ベナウィをはじめとする兵は、この場に近づくことはあまりない。
ただし、蔵の衛兵除いてだが…。
見ると、ちょっとした人だかりが出来ている。
男が何やら叫ぶと、集まっていた兵が道を開ける。
ベナウィが蔵の前まで行くと、思わず目を逸らしたくなる光景が広がっていた。
血。
見渡す限りの血。
蔵を囲む柵にまで飛び散った血が、ぴちゃぴちゃと地面に雫を垂らしている。
ベナウィは、隅に移動された血の主、衛兵の亡骸に目をやった。
「2人…。たった2人でこれだけの…」
それは見るにも無惨な光景だった。
バラバラになった肢体。何度も斬りつけられ、顔などはもはや誰なのか判断できない。
しかし、どちらの亡骸にも共通点があった。
急所が貫かれていること。
他の部分は『斬り』なのに対し。心臓部には『突き』がある。
「恐らく、死んだ後に切り刻まれたようですね」
そう言うと、ベナウィは急に吐き気を覚えた。
数々の戦で人の亡骸は見てきたが、ここまで酷いのは初めてだった。
それは、ここにいる誰もが思ったことだ。
軽く咳払いした後、ベナウィは話を進めた。
「…それで、セイトがどうしたのです?」
先程の男に問う。
男はハッと我に返り、話し始めた。
「は、はい。先程セイトゥレイド様がウマに乗って…」
男が蔵から城門へと続く道の方に目をやる。
「これをセイトがやった、と?」
ベナウィは少し怪訝な顔をして言った。
自分の身内と呼べる者が、疑いの目を向けられるのは良い気分ではない。
「いえっ!私が見たのはセイトゥレイド様が出て行く所でありまして…」
そうは言うもの、『セイトゥレイド様が…』と言いながら部屋に入ってきたのだ。
セイトがやったと思っていなければそんな台詞は出てこない。
惨殺された衛兵、城を出たセイト。
誰が見ても犯人がセイトと語ってるようなものだ。
「蔵の中はどうなっています?」
「はい、食料と薬草が少々なくなっています。薬草の方はどういったものなのか薬師に調べさせています」
「外の衛兵は?セイトが出て行ったのに誰も気づかなかったのですか?」
「それが…」
男がベナウィに小声で話す。
それを聞いてベナウィは城門へと駆けだした。


城の外も、同じような光景だった。
いずれも急所を一突き、後に切り刻まれている。
城壁に飛び散っている大量の血が、その残虐さを物語っていた。
戦の後のような嫌な臭いがする。殺されてから結構時間が経っているのだろう。
「上も、同じような状態でしょうね」
ベナウィは上を見上げた。
松明だけがばちばちと燃えている。
その明かりに照らされ、赤黒いものが見える。
ベナウィは軽く頭を振った。
賊が侵入したというのは考えにくい。
むしろありえない。
被害にあった蔵が1つと限定されているからだ。
しかも盗まれたものの規模が小さすぎる。
そうなると真っ先に疑われるのはセイト…。
衛兵が声もあげずに殺されているのも顔見知りの犯行故か…。
しかし、セイトを犯人にするには不十分な点がある。
この犯行は単独では行えないと言うことである。
いくらセイトでも、1人でこれだけの衛兵を相手にするのは無理がある。
しかも、気づいた衛兵が声をあげるだろう。
では一体誰が何の目的で…。
と考えている所に、足音が近づいてくる。
「大変なことになりましたね」
聞き覚えのある声に不快感を覚える。
ベナウィはゆっくりと振り返った。
シルバ…。
「聞くところによると、あなたの部下が犯人だそうですね」
弱い者を見下すような顔つきでシルバが言った。
明らかに挑発をしている。
しかし、ベナウィがそれにのることはなかった。
「確かに、彼の行動には不可解な点がありますが、そうと決めつけるには早すぎます」
「でも、逃げたのでしょう?」
その言葉にベナウィの顔が一瞬歪んだ。
それを見逃さなかったのか、シルバは続けて言葉を放つ。
「答えられませんか。まぁ無理もない。いずれにせよ、これは重大な問題ですね」
そう言った後、近くの兵に警備の強化を促すことを告げ、その場を去った。
ベナウィの拳に自然と力が入った。
あの男がセイトを罠にはめた。
そう考える以外の答えが見つからなかった。
しかし、私情だらけのこの意が通るわけがない。
「セイト…、あなたは一体何が…」
そう呟いた後、城内へと引き返した。
実を言うと、ベナウィは今すぐセイトを探しに出たかったのである。
しかし、今ここでベナウィが城を抜けるわけにはいかなかった。
衛兵の惨殺による他の兵の混乱を押さえる必要もあるし、警備の強化に参加しなくてはならないだろう。
何より、今抜けるとベナウィとセイトの立場が圧倒的に不利になるからだ。
恐らくシルバは二人の関係を知っている。
『ベナウィはセイトゥレイドと共に逃走』
そんな事が城中に広がることは容易に想像できた。


城内のとある部屋。
小さなロウソクの炎が揺らいでいる。
部屋の隅に腰をおろしたシルバが、飛針を磨きながら喋りだした。
「多少強引でしたが、今のところこちらが有利です」
どうやら誰かと話しているようだ。
が、相手の姿は暗闇に紛れて見えない。
「しばらくの間、部隊を城から遠ざけて下さい」
そう言って飛針を暗闇に投げる。
キンッ!
響きの良い音がして、飛針はシルバの元へと跳ね返ってくる。
真っ直ぐとその軌道はシルバの額を狙っていた。
シルバはそれに動じることなく短刀で飛針の先に軽く触れた。
急に軌道を変えた飛針は、シルバの髪をかすめて背後の壁に刺さった。
「そんなに怒らないで下さいよ。ちょっと遊んだだけですから」
壁に刺さった飛針を抜きながらシルバが立ち上がる。
「この國と侍大将。どちらが先に落ちるのでしょうね…」
その言葉と同時にロウソクの炎が消えた。


翌日の早朝のこと。
セイトが戻ってきたという報告を受けたベナウィは、早足で城門へと向かっていた。
真夜中の事件から丸1日、セイトは城に戻らなかったのだ。
言いたいことが色々ある。聞きたいことも色々ある。
ベナウィは、呆れ、怒り、安堵。それらが入り乱れた気分だった。


城門に辿り着くと、数名の衛兵に囲まれたセイトが浮かぬ顔をしていた。
ベナウィの姿を見つけたセイトは、やっと来たか、といった顔をした。
「なぁ、ベナウィ…。これ一体どういう…」
その言葉が終わる前に鈍い音が響いた。
大きく飛ばされたセイトは尻餅をつき、頬を押さえている。
「なっ、何するんだよ!!」
「それはこっちの台詞です。あなた、自分が何をしたかわかってるのですか?」
「んだよ…。お前もかよ!お前も俺を犯人扱いするのかよ!」
恐らくは衛兵から話を聞いたのだろう。
その言葉を聞いてベナウィは若干安心した。
セイトが犯人でないことは分かっていたが、本人の口から聞くまでは安心出来なかったのである。
しかし、それを通すのはどれだけ難しいことだろうか。
同時にそんなことも考えた。
「そのことを言ってるのではありません。あなたが勝手に城を抜けたことです」
「あの時は時間がなかったんだよ!」
「だからと言って…。その軽はずみな行動が今回の疑いを招いたのです!」
「仕方ないだろ!」
「もっと冷静になって物事を考えて下さい!ちょっとした行動が…」
「ばあちゃんが死にかけてたんだぞっ!!」
二人の口論が続く中、ベナウィの言葉を遮ってセイトが言った。
その言葉に、ベナウィの顔が一瞬強ばった。
「もう少し遅れてたら…、助からなかった」
ベナウィは黙り込んだ。
ばあちゃん、アマギキの村長のことである。
「薬は、ちゃんと衛兵に許可を取って貰った。帰ってきてから上にも報告するつもりだった。その行動で、少くとも罰せられることは分かっていた」
聞くと、夜中に村の青年が尋ねてきたという。
セイトは、夜中に眠れないとき、城内をよく徘徊する癖がある。
ちょうど昨日もそうだった。
城門がやけに騒がしいことに気づいたセイトは、何事かと思い、城門に向かった。
後は話さなくても想像は出来るだろう。
「だけどな、これがもしお前だったら…。ばあちゃんは死んでいた!冷静にって言うけどな、時には冷静な判断が悪い結果を招くことだってあるんだよ!!」
そう叫んだ後、セイトは衛兵に連れられていった。
向かう先は城内の地下牢。この事件の真相が明らかになるまでは仕方のないことだ。
問題はシルバがどう動くかである。
彼の声1つでセイトは殺されるだろう。
などと考えるが、ベナウィにはそれよりも深く考えることがあった。
セイトが放った言葉。
『時には冷静な判断が悪い結果を招くことだってあるんだよ!!』
言われて初めて気づいたこと。
もし自分がセイトの立場だったら、彼のように飛び出せただろうか?
もし自分だったら、村長を殺していたかも知れない。
もし自分だったら…。
そんなことばかりがベナウィの頭を埋め尽くす。
「どうして…」
そう呟いて軽く頭を振ると、ベナウィは城内へと足を進めた。


セイトの言うことは恐らく事実だろう。
だが、それを証明できるものはない。
セイトが許可を取った衛兵も、村の青年と揉めた衛兵も殺されている。
村の青年を連れてきたとしても、セイトの共犯とされるだけだ。
「随分と手際が良い…」
ベナウィはそう呟いた。
ここは玉座。
昨日のことで聖上を混ぜて話し合うと言うことでやって来たのだ。
セイトはというと、腕を後ろで縛られ、数名の兵に見張られながら同席している。
「セイトゥドレ…、セイ…、ん〜〜〜!!あいつがやったに決まってるにゃも!!」
ちゃんと名前を言えないことに苛立ったインカラ皇が叫んだ。
「しかし聖上!そう決めつけるだけの証拠がありません!」
ベナウィが反論する。
既にセイトが城から抜けた理由は話してある。
犯行は単独では無理だということも話した。
およそセイトが犯人ではないと考えられることは全て話したつもりだ。
「そんなものは関係ないにゃも!あいつは前から態度が悪いにゃも!名前も言いにくいにゃも!」
全く無茶な話である。
そこにいた誰もがそう思った。
しかし、そう言える者は誰1人いない。
いや、いないと思われていた。
「聖上、それはちょっと無理がありますよ」
シルバが言った。
誰もが言えなかったことを、この男はあっさりと口にしたのだ。
「にゃも?シルバ、おみゃあ朕の意見は正しくないと言うにゃもか?」
「いえ、そのようなことは決して」
「だったら早く処分するにゃも」
「しかし、彼は仮にも騎兵隊の副隊長。記録を見るに、素晴らしい戦果をあげています。みすみす失うには惜しい男です」
「確かにそうにゃも。でもあやつは悪いことをしたにゃも。殺すのが当然にゃも」
「聖上も、國の勢力が衰えるのは嫌でございましょう?」
「それは嫌にゃも…」
「でしたら、彼に機会を与えてやりましょう」
「にゃも?」
「セイトゥレイド…」
今までインカラ皇とやりとりをしていたシルバが、急にセイトの方を向いた。
セイトは何事か、と言った顔でシルバを見た。
「今から3日だけあなたを自由にします。その間に、あなたが犯人でないと言う証拠をそろえなさい」
突然のことに、セイトをはじめとする誰もが驚いた。
「勿論、逃げても構いませんが、その時はあなたの上官であるベナウィ殿に迷惑が及ぶのは想像出来るでしょう。まぁ、彼を見捨てるということも出来ますが…」
その言葉に苛立ったセイトがシルバを睨みつけたが、全く気にすることなくシルバは話を続けた。
「それからベナウィ殿…」
急に名前を呼ばれたベナウィがぴくりと反応する。
「あなたは私が仕組んだことだとお考えのようですが、一緒にその証拠を探しても良いですよ」
「何の話でしょう?」
動じることなく、ベナウィは答えた。
この会話は、シルバがベナウィに放った挑戦状であり、それを受けたベナウィの返答でもあった。
「ふっ、まあいいでしょう」
そう言うと、兵にセイトの縄を解くように言い、インカラ皇と共に玉座を後にした。
インカラ皇は多少不服そうな顔をしていたが、シルバに何か言われると、急に明るくなっていた。


玉座を出たベナウィとセイトは、立ちつくしたまま黙り込んでいた。
かける言葉が見つからない。
お互いそんな心境だった。
「とにかく、証拠を探しましょう」
先に沈黙を破ったのは、ベナウィだった。
「悪いと…、思ってる。お前にまで迷惑かけて」
セイトが呟いた。
どこか不安な、そんな顔をしている。
「いえ…、慣れてますから」
ベナウィがこう言ったのも、セイトに対する気遣いから来るものかも知れない。


しかし、証拠を探すと言っても何から初めていいのか思いつかないのが現状である。
証言の出来る衛兵は皆殺されている。
頼みのチキナロもまだ戻らない。
もしかしたらチキナロも、シルバの手によって殺されているかもしれない。
アマギキへ行ったとしても、これといった証拠が見つかるはずもない。
セイトが犯人でない証拠を見つけるのはほぼ不可能である。
なら、シルバが犯人である証拠を見つけるしかない。
ただ一つ、ベナウィにはきになることがあった。
『あなたは私が仕組んだことだとお考えのようですが、一緒にその証拠を探しても良いですよ』
聖上の前でこの言葉はあまりに無謀すぎる。
下手をすると、自分が犯人の可能性があるということを聖上に思いこませることになる。
何故あのようなことを言ったのか、ベナウィには理解できなかった。
「なぁ、ベナウィ…。お前ならどうする?」
セイトが話しかけてくる。
「俺は頭悪いからわかんねーけどさ、お前があいつの立場だったらどうする?」
私がシルバの立場だったら…。
ベナウィは色々と考え出した。
しかし、いくら考えても同じ結果しか現れない。
今回の事件、シルバには不可能であると言うこと。
村長が病気になったのも、セイトがそれを知ったのも全て偶然だ。
それに合わせて行動を起こすのは不可能に近い。
考えれば考える程、シルバが犯人でないということしか浮かび上がらないのである。
考えられる可能性はあるにせよ、それらは全て無理なこじつけでしかない。
そんなことに悩みながら、1日目は過ぎていった。


「どうしたのです?浮かない顔をして」
シルバが暗闇に向かって話しかけている。
「心配ないですよ。証拠なんて見つかることは万に一つもありません。見つかったとしても、どうせ死ぬのですから」
杯を口に運ぶ。あなたもどうです、と杯を差し出してみたが、返事することなく気配は消えた。
ふっ、と軽く笑った後、再び杯を口に運んだ。
「無愛想な女だ…」
シルバが呟いた。
「後2日…。そろそろ準備を始めた方がいいでしょうね」
そう言ったシルバの姿が闇へと消えていった。


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