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 國仕武想 追憶


青く晴れ渡る空。
雲は高く、陽が地上を照らす。

かなしくはなかった。

高みから見下ろす故郷。
その要とも呼べる場所から、黒い煙がいくつも天を目指している。

戦の後。

文字にすればそれだけのこと。
文字は何も伝えない。

ただ、結果のみを伝えるだけである。

内に含まれる数々の出来事。
それらは、感情の中にしか残らない。
いくら文字を綴ろうとも、言葉を紡ごうとも。

どれも、憎しみという感情には勝らない。




いつの頃からだろうか。
『國渡り』という言葉が生まれたのは。
『神の眼』という言葉が生まれたのは。

少し昔の話をしよう。
2つの言葉が生まれるずっと前の話。


ある國に尽くす、1人の男がいた。
ある國に尽くす、1人の女がいた。

男は幼い頃より政を学び、女は武術を学んび、それぞれがそれぞれの活躍を見せた。

國を良くし、そこに住む全ての人々の幸せを。

それが2人の目標だった。

ある出来事が起こるまでは。




まだ、ハリマトメという國が栄えていた頃の話。
この國に仕える1人の男がいた。

男の名はシルバ。
幼い頃より政を学び、祖父の跡を継ぎこの國にいる。
それなりに武術も嗜んでおり、戦に出向くこともしばしばあった。
緻密に計算された作戦。
各々の武将の質を把握し、それに見合った指示を与える。
何が起こるかわからない戦場で、常に冷静な判断を下す。
彼のお陰で勝利を得た戦も少なくはない。
それ故、皇からの信頼も厚かった。
祖父に負けず劣らずの男であると言われたことさえある。


城下に出れば、多くの人の笑顔。
幸せの証。

自分はこの國の役に立っている。

彼がそれを実感できる場所であった。

だが、時々不安になることもあった。

いつまでこの平和が続くのだろうか、と。

いつまでこの幸せを守れるのだろうか、と。

目標は大きい。
この國を良くし、人々を幸せにする。

目の前にいる人々は笑っているが、どこか自分の知らない場所で泣いている人はいる。
それは戦で命を失った者の家族であったり、恋人であったり。

誰かが幸せになるということは、誰かが不幸になるということ。
何かを得ようとすれば、何かを失う。

全てのものには必ず何かしらの代償が伴う。

だとすれば、目標はどう頑張っても達成出来ないのではないだろうか。

不幸の上に成り立つ幸せではなく、幸せに幸せを重ねることは出来ないのだろうか。

だけど、それは到底無理な考えで…。

シルバは軽く頭を振った。

「何を考えているんだ私は…」

そうなることを目標に、今までやってきたのではないか。
今までも、そしてこれからもずっと。

だけど…。

「シルバ」

思考を遮るように入り込んでくる声。
その方向に目をやると、1人の女性。

細身の躯に無駄なく引き締まった筋肉。
女性を象徴する豊かな胸。
肩あたりで綺麗に揃えられた髪。
シルバの実の姉、リアである。

こういうのも何だが、実にいい女性だと思う。
身内贔屓だと言われればそれまでなのだが。

軽い足取りで近寄ってきたリアが、すっと刀を抜いた。
その刃先がシルバの喉元をとらえた。
咄嗟に懐に手を滑り込ませたが、どうやら間に合わなかったようだ。

「私の勝ちだ」
刀を戻しつつ、リアが言った。
シルバも懐から手を抜き出す。
「毎回毎回、姉さんも飽きないですね」
「お前は少しは腕を上げろ」
「努力はしてますよ」
その答えを聞き、リアは軽く笑った。
そしてシルバに背を向け、その場を去った。

他人が聞けば何処か不器用な会話だが、これでも姉弟である。
どこか内面で通じ合っているのだろう。
シルバにとってリアは、この國で唯一心の許せる存在でもある。
家族ということも大きいが、何より同じ目標を持ち努力してきた人だ。
長年の間に生まれた絆は大きい。

「全く…。相変わらずですね」
シルバの呟きが風に舞った。




まだ、ハリマトメという國が栄えていた頃の話。
この國に仕える1人の女がいた。

女の名はリア。
彼女には、他人にはないある力がある。
遠くのものを間近に見ることが出来る眼。
理由はわからないが、物心ついたころにはその力を自由に扱えるようになっていた。
それは戦の場でも役に立つ。
離れた場所で敵の動きを知ることが出来る。
つまり、偵察。
また、彼女は幼き頃より武術を嗜んでいる。
素早さを追求し、確実に相手の急所を狙う術。
それ故、戦では大きな成果を上げることが多い。


城の高台から世界を眺める。
その眼に映る景色が、縮まったり遠ざかったりする。

ふと、近場の集落の生活に目が止まった。

畑を耕す人々。
駆け回る子供達。

当たり前のような光景。
幸せの象徴。

それを見るたび安心し、羨ましくも思う。

自分にはなかった思い出。

家族と過ごした思い出。

弟のシルバとは、同じ志の上にいる。
励まし合ったり助け合ったりはしたが、あのように遊んだことはなかった。

幼い頃に両親を失い、愛されたという記憶もない。
むしろ嫌な思い出しかない。

だから羨ましい。

けれど、あの子供達に自分のような思いはさせたくない。

ちょっとした揉め事は仕方ないが、少なくとも戦というもので悲しませることは。

そのためには、人を斬らなければならない。
つまり、誰かが犠牲になるということ。

そもそも、戦を行うこと自体がくだらない。
何故、人はそうまでして力を見せつけたがるのだろう。

國の領土を増やすだとか、そんなのはどうでもいいではないか。

みんなが幸せに暮らせれば…。それだけでいいではないか。

だが、人の欲望はあまりに深すぎる。

多くの人を殺めた自分が言うのも可笑しい話だが、戦は嫌だ。

「自分勝手だな…。私は」

理想と理屈ばかり並べておいて、戦になれば躊躇うことなく人を斬る。
だけど、それは仕方のないこと。
その上で誰かを幸せに出来るかどうかが問題なのだと思う。

「姉さん」

聞き覚えのある声がする。
シルバ。
唯一無二の家族。
その顔を見ると、自然と顔が緩んだ。

ああ、こんな些細なことが幸せと思えるんだな。
私にも、感じることが出来る。

それは、とてもかけがえのないもの。




國のために働き、國のために全てを捧げる。
いつか戦が終わり、平和が訪れ、誰もが幸せに暮らせる日々。
それを実現させるため、ずっと頑張れると思っていた。

あの日までは。

全てのものが狂ってしまったあの日――

ひとつの國が滅び、ひとつの惨劇が幕を閉じた。


シルバは聞いてしまった。
いや、聞くべき運命だったのかもしれない。

ある晩、仕事を終え自室に戻ろうと足を進めていた時である。
ひそひそ聞こえる話し声。
シルバは、見張りの兵が雑談をしてるのだと思い、注意すべくその場を目指す。
徐々に大きくなる声。
そして、シルバは足を止めた。
突如全身を襲う不安。胸騒ぎ。
躯全身で拒絶している。
そして、そうしてる間にも話は進む。

見張りの兵が奏でる絶望の旋律。

「そういえば、お前知ってるか?」
「何をだ?」
「グラスタ様の噂だよ」
「噂?あの方はもう亡くなられたではないか」

シルバはグラスタという言葉に反応した。
彼の祖父であり、その生涯をこの國に尽くした男。
彼が最も尊敬する人物で、同時に最も大きな壁でもあった。
その祖父の…、噂。

「それがさ、実はグラスタ様は殺されたって噂なんだが」
「馬鹿な!? あの方は賊から聖上を守って…」
「それはあくまで俺たちが知ってる話だ。だが、真実は違うのかもしれないぜ」
「一体、誰が…」
「ナトリ様が殺ったという噂がある」
「聖上が?」
「あぁ。なんでも、グラスタ様は“出来る”お方だったろう。それで…、な」
「まさか!グラスタ様は謀反を起こすようなお方ではない!」
「だたら噂だって言ってるだろう。何でも、ナトリ様の意見に断固として反対したらしいぜ」
「それだけで?」
「噂では…、な」


祖父が…、殺された?
シルバの頭の中を駆けめぐる様々な思い。
馬鹿な、そんなはずは…。
あの者達は何をいっている?
祖父は…、祖父は國のために名誉ある死を…。

名誉ある…、死?
國のために死ぬことが、本当に名誉ある…。
いや、違う。
何を考えているんだ私は。
祖父は、己が仕える國のために散った。
それは誇りではないか。

「その前の側近も殺されたって話だ。どんなに忠誠を誓ってようとも、自分に不利益をもたらす存在は迷わず消すのかねぇ、ここの皇は」
「声が大きいぞ!もし聞かれていればどうする!」
「わかってるって。お前の声の方が大きいっての」
「だが、もしそれが本当だとすると…」
「あぁ、シルバ様や他の側近もいずれは殺さちまうかもしれねぇな」
「……」
「ま、噂は所詮噂だからな。真実なんて、上の方の偉いさんしかしらねぇよ」

そう話すと、兵士は何事もなかったかのように持ち場へと戻っていった。
そこにシルバがいたことなど、全く知らずに。




あれから3日後、シルバはナトリ皇に呼ばれて禁裏にいた。
気分屋で戦好きのナトリ皇だ。
どうせ戦を仕掛ける話だろう。

「シルバよ、我が國もそろそろ領地を増やす頃合いではないか?」

軽く溜め息が漏れた。
そして、それと同時に思い出されるあの夜の言葉。

――それがさ、実はグラスタ様は殺されたって噂なんだが

「この間の戦の傷がまだ癒えていません。今はまだ早いかと」
「しかし、相手も傷を負っている。今落とさなければ、いずれ落とされるのは我が國になるかもしれんのだぞ」

――ナトリ様が殺ったという噂がある

「ですが、今動けばこちらの兵を大きく失うことになるでしょう。戦に勝てたとて、その先の戦に持ちこたえられるか…」
「占領した地域の民から徴兵すればいいだけのことだ」

――どんなに忠誠を誓ってようとも、自分に不利益をもたらす存在は迷わず消すのかねぇ、ここの皇は

「それは間違ったお考えです。兵とは1日2日で成るものではありません。戦力が完成するまでどれ程の時間を要するか…。今は傷を癒し、次の戦で確実に、そして最小限の被害で勝つことが望ましいかと」
「しかしだな…」

――シルバ様や他の側近もいずれは殺さちまうかもしれねぇな

「戦はその場その場で行うものではありません。常に先を見据えた上で、最善の策を練るのが私どもの役目。どうか、ご理解下さい」
「むぅ…。お前がそこまでいうのなら…。しかし、その先を見据えた策というのはあるのだろうな」
「はい。一応策は数種類用意しております」
「そうか…。ではお前に任すとしよう」
「御意に」

――真実なんて、上の方の偉いさんしかしらねぇよ

上の方の偉いさん…。
今、最も上の位の方が目の前にいるのですが。
直接聞くのもまたひとつの手…、か。


「時に聖上。実はお伺いしたいことが少々」
「ん?なんだ?」
「実は最近、兵達の間で耳にした噂話がありまして…」
「ほう、それはどんな話だ」
「はい…。私の祖父、グラスタの死因についての話なのですが」

シルバがそう言ったとき、僅かだがナトリ皇に反応が見られた。
間違いない。一瞬だが、焦りの色があった。

「グラスタの死因だと?」
「はい。聖上が殺したのではないかという噂が」
「確かに、彼はこのナトリを庇って死んだ。彼を慕っていた兵達から見れば私が殺したと言われても仕方ない」
「言い方が悪かったようです。この噂の本質は、あの賊が聖上自ら送り込んだ者ではないかという所にありまして…」
「何を馬鹿な!自分で自分の命を狙わせてどうするというのだ!…まさかお前、そのような噂を本気にしていると?」
「いえ、私が知りたいのは真実だけです。聖上が否定なさるならそれが真実。これ以上兵達の噂が広まり、皇の評判を下げないよう全力を尽くす次第でございます」
「そ、そうか…。感謝する」
「では、私はこれで」
「うむ」


禁裏を出、城の廊下を歩く。
時折流れてくる風が身体に染みる。
自然と拳に力が入ってることに気づいたシルバは、その手を眺めた。
やはり、グラスタ様は…。

私は、どうすればいい?
どうすれば?
いや、いっそ國を滅ぼすか?
……。
何を考えてるんだ、私は。
國を守るのが私の役目ではなかったのか…。
だが…。
だが…。

――名誉ある死

名誉…。
ある死…?

皇の意見に逆らって殺されることが…。

その時、シルバの中で何かが音を立てて崩れた。

と、同時に声がかかる。
「シルバ…」
しばらくの間があって、ゆっくりと声のする方を振り向いたシルバは、
「姉さん…。どうかしましたか?」
「いや、思い詰めたような顔をしていたので、少し気になっただけだ」
「心配いらないですよ。それに、しばらくすればまた戦が始まる。姉さんも身体を休めた方がいい」
どこか消え入りそうな声で呟くシルバに、リアは、
「戦だと?お前の判断か?それにしては少し早すぎる」
「そうですか?ちょうどいい頃合いだと思うのですが…」
そう言い残し、シルバはリアの前を去った。




おかしい。
最初に感じたのはそれである。
その対象は、弟であるシルバ。

その日の夜、リアは自室で短刀磨きながら物思いに耽っていた。

戦など、今の状況を見れば行えないのは一目でわかる。
確かに勝算はあるかもしれない。
しかし、その次の戦となれば必ずしも持つとは考えにくい。
私でもわかる簡単なことだ。
それなのに…。

――しばらくすればまた戦が始まる。

何を考えているんだ、シルバ…。
いや、もしかしたら良い策があるのかもしれない。
私などがいくら頭をひねっても思い浮かばないような策が。
あの子なら、シルバならそれが可能だ。

だけど、どうしてだろう。
この胸騒ぎは…。




「姉さん。少しいいかい?」
あれから2日後、シルバはリアの部屋を訪れた。
「シルバ、どうした?何かあったのか?」
ゆっくりと戸を閉め、シルバはリアの前に正座した。
お互いを見つめる瞳。
ただじっと、ただじっとお互いを見つめている。
何も語ることなく、動くこともなく。
ただじっと目と目を見つめ合う。
恋人同士のそれとは違い、深刻な雰囲気が漂う。
そして、シルバは言った。
「姉さんは、私についてきてくれるよね?」

長い長い沈黙。
その間もお互い、瞳をそらすことはない。
しばらくの後、リアは瞳を閉じ深く息を吐き、
「今まで、私はお前の言う通りに動いてきた。それについて後悔したことはない。そして、それはこれからも変わらない」
それを聞き、シルバの瞳がゆっくりと閉じた。
そしてただ一言――

「姉さんの力を借りたいんだ」




「それで、事故を装って消せと?」
禁裏内に囁くような声が聞こえる。
1つはナトリ皇のもの。
もう1つは別の男の声。どこから入り込んだのか、全身を漆黒の装束で覆い、闇に鋭く光る目だけが存在を主張している。
「どうやらあのことを感づかれたようでな。血は争えないというわけだ」
「こちらとしては仕事さえ貰えれば経緯など関係ない」
「よろしく頼む。それと、この事はくれぐれも…」
ナトリの声を遮るかのように男は、
「わかっている。こちらとしても自分の信用を下げるような真似はしない。そういう商売だ」
「そうだったな」
そう言うや否や、男の姿は闇に溶けた。




「つまり翁…、いや、グラスタ様を殺したのがナトリ皇だと?」
一通りの説明を受けたリアが言った。
「ええ。そして、いずれ私も…」
「なるほど…、な。それでシルバ。お前はどうするつもりだ?私に皇を殺せと?お前がそう言うなら私は構わない。しかし…」
「ええ…。私たちには信念がある。グラスタ様と誓った、この國を平和に、幸せにするという信念が」
「それを破り捨て、國までも捨てるというのか?」
リアが問う。それはごく当たり前の質問だ。
しばらくの沈黙の後、シルバは、
「ずっと、悩んでたんだ。どうして争いは続くのか、國が平和へと繋がらないのか…」
「…シルバ?」


争いうことで何になる?
血を流して、命を削って、互いの信念をぶつけ合って何になる?
みんな、みんな無意味なことなんだよ。
それに気づいていないだけなんだ。
欲望が争いを生み、争いは憎しみを生み、憎しみは悲劇を生む。
そんな悪循環なことで、何を幸せに導けるという?
人は争ってはいけない。
人は自ら自分を不幸に陥れている。
人の欲望なんてものに限りは存在しない。
綺麗にしても、綺麗にしても、また欲望によって塗りつぶされていく。
初めから全てを綺麗にすることなんて不可能だったんだ。
なら、最も大きな汚れの根元を絶てばいい。
それは、権力と欲望だけで何もかも思うままになると勘違いしている國の皇。
この世界から、皇なんてものは無くなってしまえばいい。
だけど、私ひとりの力ではそれは出来ない。

だから、だから…。

――姉さんの力が必要なんだ。




「…俺の負けか?」
ハリマトメ城付近の森。
その中で、リアの剣先が男の喉元を捉えていた。
漆黒の装束に身を包んだ男である。
「………」
「俺もこんな職業だ。覚悟は出来ている。殺れ…」
「…汚い職種だと思っていたが、貴様の覚悟だけは褒めてやる」
剣先が喉に少し食い込む。
赤い筋が流れ出る。
「最期にひとつ聞かせてくれ。どうして俺の居場所がわかった。気配は完全に消していたはずだ」
わずかな間を置いて、リアは言った。
「私から――神の眼からは何人たりとも逃げられない」

間もなく鮮血が飛び散った。

「これでシルバの命を狙う者はいなくなった。後は…」




様々な音が聞こえた。
剣の交わる音であったり、燃えさかる炎の音であったり、断末魔であったり――

青い空に緑の大地に燃える赤。
そして、音はいつしか止むことだろう。

私は、シルバと共に國を捨てる道を選んだ。

――ずっと、悩んでたんだ。どうして争いは続くのか、國が平和へと繋がらないのか…

これは、私もずっと考えていたことだ。
争いは人を不幸にする。
だが、争いは終わらない。ずっと、これからも――
ならば、シルバの出した答えにつき合うのも悪くないと思った。
グラタス様の望んだ結果とは違うかもしれないが、私はそれでもいいと思う。
しかし、心の何処かでシルバの変貌に戸惑っているのも事実だ。

「姉さん…。どうして私がグラスタ様の復讐――いや、自らの手で皇を殺さなかったかわかりますか?」
突然シルバが言った。
「…いや」
「戦の根元である皇は、戦によって滅びなければならない。私たちは導く存在。自らの手で皇の首を取っては意味がない。そう思いませんか?」
「私には何とも言えない…」
「いずれ、姉さんもわかってくれますよ。いずれね…」

そして、数年の間に『國渡り』と『神の眼』の言葉が生まれる。




自らの信念を曲げてまで成そうとするシルバは狂っている。
ここ数年間の間で私が出した結論だ。
思えばあの時気づいていたのかもしれない。
それでもこうやってシルバの成そうとすることに力を貸している私も、やはり狂っているのだろう。
だが、もう後戻りは出来ない。
私の手は、血で汚れすぎた。
昔はあれほど汚い職種だと思っていた暗殺が、今の私の仕事。


多少の犠牲は仕方がない。
それが数多くの兵士であるか、特定の人間であるかの差です。
多くの人々に幸せに導くためには、こういった小さな犠牲は仕方がない。


シルバはそう言う。
だが彼のやっていることは、國に仕えある程度の信頼を得て、内乱を起こし外の國に攻めさせる。
その際に流れる血は、皇を消すというためだけに流れる血はどうなるというんだ?

彼のやっていることは――あまりに矛盾している。

こんなことで、本当に平和が訪れるというのだろうか…。
いや、私たちはただ人々を不幸にしているだけではないのか?

「違いますよ、姉さん」

!?
突然のシルバの声に心臓が高鳴った。

「今考えていたでしょう?自分のやっていることは正しいのか、と」
「何故――」
「わかりますよ。私も時々そう思いますから」
「だったら…」
「だけど、私たちはやらねばならない。でなければ、私たち以外の誰がするというのです?私が政を学び高度な知識を得たのも、姉さんの特殊なその眼も、全ては初めから決まっていたことなんだ。だから、他でもない私たちでないといけないんだ」

この時、リアは確信した。
シルバは――子供なのだと。
誰にも叱られない子供が、自分の思うがままに行動しているそれと同じなのだと。
そして、全てはあの時。グラスタ様が殺されたという事実を知ってしまったその時にシルバの中で何かが崩れてしまったのだと。

誰かが止めなければならない。
誰かが叱りつけなければならない。

だが、それは私では無理だ。
今の彼の中での私の存在は、間違ったことを一緒にする仲間でしかない。
全ては遅すぎたのだ。

シルバを止めるのは、第3者の手によってでなくてはならない。
それも、彼の全てを上回る存在でしかない。

つまり、私たちのしようとしていることを全力で止めることが可能な存在。
今の私たちにはそれが必要なのだ。

それまでは、私はシルバの手足となろう。
どんな汚いことでも命じられればその通りに実行しよう。
彼を越える人物があらわれるその時まで――

それが、シルバの姉として唯一出来ることだ。




その後も、いくつかの國がシルバの手によって滅び、消えていった。

そしてこの後、シルバの心を揺るがす人物の噂を聞き、後に出会うことになる。

男の名は、ベナウィ。

彼の噂を聞きつけたシルバは、酷く荒れた。

「何故だ!何故だ!!何故だ!!!」

荒い息を吐きながら、シルバは叫んだ。

「何故この男はこうも國のために尽くしているんだ!どうせ最後に裏切られるのは自分だと言うのに!!」
「落ち着け、シルバ」
「五月蠅い!お前は黙っていろ!」

この頃から、シルバは私のことを『姉』ではなく、自分と同じ目的を成そうとする『個体』として見るようになっていた。
そして、彼の心は確実に病んでいった。

「國を良くするためか?!國を平和にするためか?!人々が幸せに暮らせるようにか?!それは私たちがやろうとしていることだ!」

ベナウィの國に仕える信念は、いつかの私たちと同じであった。
本人にあって確かめたわけではないが、噂を聞く限りではそう考えるのが自然である。
そして、この男の出会いがシルバをますます豹変させることとなる。

「そうだよ。邪魔なら消せばいいじゃないか。平和に導くためにはこれも必要なことなんだ。決めたよ、次はこの國だ…」


デモ、タダジャ消サナイ。邪魔ヲシタ罰ヲ与エナイト――




ベナウィと言う男は非常に出来る男だ。
彼との出会いは、シルバだけでなく私をも変えた。

初めて、敗北という味を知った。

1度目は、完全な計算違いだった。
自業自得だ。
逃げることで精一杯だった。
喉に突きつけられた槍先を見て、ひとつの感情で頭がいっぱいになった。
動けると思った身体が、思うように動かなかった。

恐怖を覚えた。

死というものに対しての恐怖。
身体が震えた。

そして、復讐心というものが生まれた。

自分に恐怖を与えた者へのそれである。

同時に、全力で戦いたいと思った。
それは心のどこかに残っていた戦士としての誇りがそうさせたのかもしれない。

だからシルバの命令を破ってまで彼と戦った。

2度目の敗北。

死を覚悟したが、彼は殺さなかった。
甘い男だと思った。
だけど、シルバを止めれるのはこの男しかいないと確信した。

だから私はシルバの命令も全力で実行した。
女を殺せという命令を――

どちらかが手を抜いてもいけない。
全力でぶつからなければ彼は止められない。


そして、彼は私の期待に応えてくれた。

彼はシルバに勝った。

だけど、ひとつの誤算があった。
シルバを止めるとき、それは彼の死を意味するものだと考えていた。

だが、やはり彼はシルバにトドメを刺さなかった。

やはり甘い男だと思ったが、少し感謝していることもある。


城から出てきたシルバは、瀕死の状態で、

――姉さん

そう呟いた。

それが嬉しかった。

私を『姉』として見てくれたことが嬉しかったのだ。




深い深い森の奥。

シルバの最期を看取った私は、自らの命を絶った。

最期の最期に、あの頃の姉弟に戻れたことに幸せを感じた。

そして願う。

私たちの成せなかったことを、彼が成し遂げてくれることを――


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