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 國仕武想 星霜


人のいない集落ほど寂しいものはない。
それは戦の後の焼けたものであったり、何らかの理由でその場を放棄されたものであったり…。
理由こそいろいろあれど、寂しいという結論に変わりはない。
そして、彼の目の前にも寂しいと呼べる集落がひとつある。

小さな集落だった。
たぶん、20数人くらいが住んでいたんだと思う。
あまり大きさに差のない家屋がひぃ、ふぅ、みぃ…、8つ。
生活の色は全く見られない。
荒れ果てた田畑から萎びたモロロが顔を覗かせている。
いつぞやの大雨のまま放置されているのだろう。
錆びた農具に壊れた屋根。
日当たりの良い場所のはずなのに、酷く暗く見える。

本来ならこんな集落に足を運ぶことはなかっただろう。
いや、もしかすると可能性のなかった話ではないかもしれない。
だがその時は、友と呼べる男に連れられてのことだったかもしれない。

集落に足を踏み入れ、ゆっくりと歩く。
目的の場所は、すぐに見つかった。

他の家屋とは離れた位置にあり、少し小高い丘にある場所。
そこに、心持ち大きな石が3つ並んでいる。

男はその石の前のに立つと、少しもの悲しげな表情でこう言った。

――よう、久しぶりだな




「どういうことか説明するにゃも!」
ケナシコウルペ玉座。その醜い顔をさらに歪めて、インカラ皇は怒鳴った。
皇の前にはケナシコウルペ侍大将ベナウィ。お咎めを受けているのは彼であった。
「どうしてにゃも!シルバに何をしたにゃも!」
止まることなく怒鳴るインカラ皇。しかし、ベナウィは何も答えない。
「ベナウィ!これは許されることではないにゃも!」
それでもベナウィは口を閉ざしたままである。
ただただ皇の前で片膝をつき、顔は下を向いたままである。
故に、その表情は読みとれない。
その態度についに頭にきたのか、インカラ皇は身近にあるものを掴んでは放り投げた。
煙管であったり、食物であったり、それは様々である。
それらのいくつかはベナウィにあたり、地面に落ちた。
投げるものが無くなったのか、ただ疲れたのか、インカラ皇は肩で大きく息をしながらその行為を止めた。
「はぁ、はぁ。ベナウィ。おみゃあは朕を馬鹿にしてるにゃもか?」
ひたすら動の姿勢であるインカラ皇に対し、ベナウィは静の姿勢を保つ。
と、ここでベナウィの口が開かれた。
「……聖上」
その声にぴくりと反応を示したインカラ皇は、次の言葉を待つ。
「馬鹿にしているのは貴方の方です」
「にゃ、にゃもっ!?」
予想もしていなかったベナウィの言葉に戸惑う。
「……シルバは國渡りと呼ばれる――最初は國のために働き、信頼を得たところで内乱を起こし破滅へと導く――そういう男です。現に彼によって滅ぼされたという國は数多く存在します。そして、今回彼の選んだ標的は我が國でした。崩壊こそ免れたものの、多くの衛兵や…」
と、ベナウィの言葉が止まる。
しばらくの沈黙の後、
「……大切な友も失ってしまいました。少なくとも、今後の戦に支障をもたらすのは目に見えています。聖上は、この事実をどう受け止めておられるのですか?」
「そ、そんなことはないにゃも!シルバは良い奴だったにゃも!それに、兵が足りなくなったなら増やせばいいにゃも!数さえあれば戦は勝てるにゃも!」
「まだわかりませんかっ!!どういった経緯でシルバを我が國に招き入れたのか存じませんが、それもあの男の計算のうち。そうやって滅びていった國が数多く存在するという事実を受け止めて頂きたい。そして、戦は兵の数で行うものではありません。いくら頭数を揃えようとも、統率のとれていない部隊では自滅を招くのがいいところです。そして、無理な徴兵は國の治安を下げる一方。何度仰れば理解頂けるのです?」
「う、うるさいにゃも!おみゃあの小言は聞き飽きたにゃも!この國の皇は朕にゃも!誰を招き入れようと朕の自由にゃも!」
「その勝手が今回のような結果を招いたのです!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいにゃもーーー!!」
インカラ皇の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「おみゃのその態度が気に入らないにゃも!今回ばかりは特に気に入らないにゃも!!だけどおみゃあは使える男なので殺しはしないにゃも!その代わり厳しい罰を与えるにゃも!もう下がるにゃも!!!」
荒い息を吐きながらインカラ皇は叫ぶ。
ベナウィは、何も答えずに玉座を出た。

後に、ベナウィはしばらくの間地下牢に入ることになる。




「でよ、どうしてか俺はすぐに牢を出されてよ。あの時は驚いた驚いた。てっきりお前さんを殺したのは俺だと疑われるとばかり思ってたのに、全く人生色々あるもんだぜ。ま、結局侍大将には会えなかったんだけどな」
そう言って杯を口に運ぶ。
ぷはぁ、と息を吐き、そして大きく息を吸い込んだ。
手にした杯を地面に置き、クロウは酒を目の前にある石に勢いよくかけた。
「ま、お前も飲め。あの時は何だかんだで一緒に飲めなかったしよ…」
傾けた酒瓶の口から流れる酒が、幾多もの筋を作り石を滑る。
「この場所探すのも大変だったんだぜ。ついこの間町であの旅商人のおっさん偶然見かけてな、とっつかまえて聞けばここに墓があるって言うからよ…。ああ、その時に何があったのかも聞いたぜ。大変だったみたいだな」
そう言いながらクロウは大きく伸びをした。
「お前さんも、好きな女くれぇ守りたかったろうによ…。なぁ?」
と、柔らかな風が吹き抜けた。
ざわざわと葉の擦れる――森の声がする。
それはまるで、クロウの質問に対しての答えのようにも聞こえた。

杯に残された酒を一気に口に運び、酒瓶に残った酒を墓石すべてにかける。
「クレハ、だったか?あのおっさんに聞いたんだが名前ちゃんと覚えてねぇや。違ってたらすまん。まぁ、とにかく嬢ちゃんも飲め。それと、村長さんもな」
酒が一滴残らず無くなったところで、クロウは一息つき、ゆっくりと腰を浮かせた。
「さて、俺はそろそろ行くとすっか。ま、気が向いたらまた来てやるよ。それに、お前さんに客みたいだしな…」
そういったクロウの背後には、ケナシコウルペ侍大将の姿があった。




あれからしばらくの時が過ぎ、ベナウィは牢を出た。
自分が牢に入っている間、國に変わった動きが見られなかったことに少なからず安堵し、同時にまたこの國に仕えなければならないという使命感のようなものを感じた。
しばらくの牢生活は、気持ちを切り替えるのに十分すぎる時間があった。
故に先程感じた使命感は負の要素のそれではない。
――今は亡きセイトゥレイド、先の事件で犠牲になった兵達のためにも。
ベナウィは拳を強く握りしめた。
風が前髪を揺らし、一粒の涙が舞った。


それからしばらくは、戦気のない穏やかな日々が流れた。
しかし、兵の訓練や政務などという、今までと同じ、いや、今まで以上の仕事がベナウィを襲った。
それはベナウィ自身が望んだものであった。
そうすることによって、少なくとも悲しみを忘れようとしていたのかもしれない。
ただ、がむしゃらに仕事をした。
躍起になっているのではなく、本来の冷静な思考や行動は失われていない。

ケナシコウルペという國は、わずか1月と数日で刻まれた傷痕を癒した。

しかし、セイトゥレイドという有能な副隊長を失った今、戦力の大幅な低下は目に見えている。
そのことを思い知らされる度に、ベナウィの胸が痛んだ。
未だ、副隊長の座に就く者はいない。
いずれはこの座に誰かを就かせなければならないのは頭で理解しているものの、セイトゥレイドの半分ほどの能力も持たない兵が大半で、良くても半分が良いところだった。
故にベナウィは悩んでいた。
腰に差したセイトの刀が重かった。

そんな時である。
ふとベナウィの頭の中をセイトの顔が過ぎった。

――逢いに…、行ってみますか。

ベナウィは未だ乗り慣れないウマに跨り、故郷を目指した。
緑のウマが勢いよく地を蹴った。




「お前さんもセイトの知り合いか?へへっ、俺もちょっとした知り合いでな」
鼻の下を指で擦りながらそう言ったのはクロウ。その巨体に大剣を背負い、ベナウィの姿をまじまじと眺めた。
ベナウィは「そうですか」と呟くと、腰を下ろし手を合わせた。
長い長い沈黙。
双方ともその場を動かず、ただ風の流れと草木の音が、時の流れを誇張していた。

――挨拶が遅れてすみません。あの後いろいろと忙しかったもので…。

ベナウィが3つある墓石のうち、真ん中のそれを見つめた。

――セイト。やはりあなたの存在は大きすぎました。あなたの後任に相応しい人物がなかなか決まりませんよ。それに、少し私の周りが静かになった気がします。以前はあれほど迷惑に思ってましたが、いざ無くなってみると物足りないというのが本音ですね。今後、あの國はどうなるのでしょうね。もちろん、あなたの分も全力で守るつもりですが。

次に、その右隣にある墓石を見る。

――クレハ。無関係なあなたのことを巻き込んで、その上守ってあげることが出来ずに…。本当に申し訳ないと思っています。いくら謝っても許してもらえないとは思いますが、あなたが最期に残した言葉…。私はこの命が尽きるまで守り通します。

最後に、一番左の墓石。

――村長。クレハに同じく、無関係なあなたまで巻き込んでしまったのは私の責任です。それに、あなたが統べた、あなたが築いてきた大切な場所をこのような形にしてしまいました…。皆の平和をと思い、村を飛び出した挙げ句がこの様です。けれど、いつになるか分かりませんが、いずれ必ずこの場所に生活の火を灯したいと思っています。だから、

全ての墓石をその双眼で見つめ、心から祈った。

――どうか安らかな眠りを。




こうして墓前で色々報告するだけで、随分と気分は晴れるものですね。
ベナウィは立ち上がりながらそう思った。
と、先程からずっとその場にいた男に、初めて視線をやった。
男と目が合う。
ベナウィはじっと男の目を見つめた。
男もまた、同じようにベナウィの目を見つめた。
「あなたが…、クロウですか?」
「そういうあんたが、侍大将さんかい?」
風がふたりの間を流れた。
しばらくの沈黙、先に破ったのはクロウ。彼の口が、
「どうして、何も聞かず…いや、会うこともなく俺を解放した?」
と疑問を放った。
「チキナロがセイトに聞いたそうです。チキナロを助けた男がクロウという名であり、町でセイトと知り合った、と」
「それだけでか?」
「セイトの死因は矢によるものです。あなたはお世辞にも矢を扱えるように見えませんが。そもそも、國の要人を殺した者が、その國に亡骸を届けるという愚者が何処にいるというのです?」
「流石、頭の出来るヤツは考えることが違うねぇ」
「誰にでもわかりますよ」
「そんなもんか?」
「ええ……」
再び、風がふたりの間を流れた。

この時ベナウィは感じていた。
彼の――クロウの雰囲気が何処かセイトゥレイドに似ていることを。

「で、突然で悪いんだが、俺と試合ってくれねぇか?」
クロウが突然そう言った。
「はい?」
「いや、俺は強いヤツを求めて世界を旅してるんだが、この國で一番強いのはアンタだろ?セイトとも試合たいと思っていたんだが、俺の力及ばずにあんなことになっちまったしな」
「力…、及ばずに?」
ベナウィが問うた。
「ん?あぁ。あいつが死ぬところに立ち会ってな。いや、そもそも俺があの時背後に潜む奴等に気づいていればこんなことにならなかったのかもしれねぇ」
と、突然ベナウィがクロウの胸ぐらを掴んだ。
「その場にいながら、あなたはどうして!?」
「無茶を言うなよ。俺だって完璧じゃないんだ。何でも出来るわけじゃねぇ。奴等の気配の消し方が俺を上回っていただけだ。それは、アンタが一番わかってることだろ…?」
「くっ!」
ベナウィはゆっくりと手の力を緩めた。
――彼の言うとおりだ。今更私は何を言ってる…。全ては過ぎてしまった出来事だ。どんなに願おうとも、時間は戻りはしない…。
「すみません…」
「いや、構わない。それが自然だからな…。というわけで俺と試合ってくれ」
クロウが笑顔で言った。
そのあまりの態度の変わりように、ベナウィは一瞬戸惑った。
「いいだろ?俺にしてみりゃ、天下の侍大将に会える機会なんて二度とないかもしれねぇんだ」
そう言うクロウに対し、ベナウィは自然とセイトの影を重ねていた。
体格なんて一回りも二回りも違うというのに。
そして瞳を閉じ、軽く息を吐いた後、
「……いいでしょう」
そう呟いた。




ケナシコウルペから2つ3つ離れた國の山中。
小柄の男が大柄の男に剣を突き立てられていた。
大柄の男は口元を緩めた。白い歯が覗く。
まるで獲物を追いつめた蛇のような目をし、一言、
「お前に恨みはないが、俺に狙われたのが運の尽きだ。大人しく俺の糧となれ」
そう言って剣を大きく振りかぶった。
恐怖に歪む小柄の男の顔。
今まさに剣が振り下ろされようとしたその時、
「待たれよ!!」
声が大柄の男の動きを止めた。
大柄の男は剣を下ろし、声のする方を振り向いた。
そこにいたのはひとりの女性。いや、少女と言った方が正しい。
外見から判断するに、歳は恐らく10代半ば。
そんな少女が、剣を突き出して大柄の男を指しているのだ。
「なんだテメェは?」
大柄の男が問う。
「某が名はトウカ」
少女は力強い声でそう答えた。
「それで、そのトウカちゃんが俺に何のようだ?まさか、邪魔をするって冗談は言わないだろう?」
「某は、黙って賊を見逃せるほど出来た人ではない」
大柄の男の口元が再び歪む。
「言うじゃねぇか…。後悔するなよ。嫁に行けない身体にしてやるぜ」
そう言うや否や、男は地を蹴った。




「どうりゃあああああああ!」
クロウの力強い一撃を、ベナウィはその槍で受け止める。
と、すぐさま第二撃、三撃と続く。
一方的なクロウの攻撃に対し、ベナウィは防戦だった。
しかしそれは、ベナウィが押されているという意味ではない。
まずは様子見。そんなところであった。
――この男、身体の割に素早さがある。でたらめに剣を振るってるように見えますが、確実に隙を突いてきている。
「どうした侍大将さんよ!防戦一方じゃ勝利は見えないぜ!!」
そう言って、大きく振りかぶった剣を振り下ろす。
紙一重でそれを避けたベナウィ。クロウの剣は空を斬り地面に深く刺さる。
その隙を狙ってベナウィの槍による横薙。
しかし、クロウも辛うじてそれを避ける。
そして地面に刺さった剣に力を込めると、ベナウィのいる方向へと地面をえぐって剣を振り上げた。
舞い上がる土と剣を横転で避ける。と、すぐさまクロウの横薙。
それを槍で防ぐ。
と、あまりの力にベナウィの顔が僅かながら歪んだ。
――力もあるし、咄嗟の判断力もかなりのもの。なるほど、伊達に強者を求めて各地を旅していただけのことはありますね。しかし…。
クロウの剣を力いっぱい押し返し、ベナウィは距離を取った。
「それでは、私に勝てませんよ」




「くっ!」
男の連撃を、トウカは辛うじて受け止めていた。
「どうしたどうしたトウカちゃんよ?」
しかし、男には随分と余裕がある。力の半分も出していないのだろう。
弱者をいたぶるが如く剣を振るう。
「そんな腕で他人の邪魔をしにきたっていうのか?ハッ、冗談にしちゃ面白すぎるぜ」
男の連撃は止まらない。恐らくは、トウカが力尽きるのを待っているのだろう。
別に男にトウカを殺すことは容易かった。ただ、自分の邪魔をしたこの少女で遊びたかっただけなのだ。
「命乞いするなら助けてやってもいいぜ。ま、身体の保証はしないがな」
そう言って男は下衆な笑いをあげた。
「…賊に命乞いなどするものか!」
虚勢を張るものの、だんだんとトウカの動きが鈍くなってきている。
攻撃を防ぐ度に削られる体力。それもそろそろ限界にきたいるようだ。
そして、ついにトウカの剣が宙を舞った。
男の剣先がトウカの喉元を捉える。
ニヤリと笑い、男は、
「俺はな、お前みたいな正義の見方気取りのヤツが一番頭に来るんだよ」
「…自分のやっていることを棚に上げて、…よく言う」
トウカは恐怖に怯えずに反論した。
「へっ、どこからそんな余裕が来るのかしらねぇがな、所詮この世は力が全てなんだよ。口先だけの正義や理想なんかはこれっぽっちも役には立ちやしねぇ」
「…弱者から全てを奪って生きることの何が力だ!」
「それが力なんだよ。強者には弱者を好きに出来る権利がある。弱者に抗う術はねぇ。ケモノだろうがヒトだろうが、それは同じことだ。今も昔も、そしてこれからも変わることはないだろうな」
「そんなこと…、某は認めない!」
「お前が認めなくても、それが自然体なんだよ。國を見てみろ。皇が権力を翳し、支配下にある町や村から年貢を巻き上げる。皇には誰も逆らえない。逆らったら殺される。どこの國でもみな同じだ。それでもお前は安っぽい正義を売り歩く気か?」
「…某は、自分の取った行動が間違っているとは思わない」
その言葉に対し、男はやれやれと嘲笑い、
「だが、これが現実だ。俺はお前より強い。その意味がわかるだろう?トウカちゃん」
男は剣先をトウカの喉元に少し食い込ませた。
赤い血が白い肌を伝う。
それでもトウカは恐怖の色ひとつ示さなかった。
「…殺せ。武士に情けなど必要…ッ!」
トウカが喋り終わる前に、男の拳が腹を突いた。
目を大きく見開き、口から血を吐き、トウカはその場に倒れた。
「賊に武士もクソも関係ねぇよ。それに、仲間が女に飢えていてな。死ぬまで可愛がってもらいな」
そう呟き、男はトウカの身体を担いだ。
「さっきの男には逃げられたが、手土産にはコイツで十分か…」
男が剣を腰に差し、歩き始めたその時であった。
「しばし待たれよ!」
山中に声が響いた。




「はぁ、はぁ、はぁ」
肩で大きく息をしながら、クロウは大剣を構えなおした。
一方のベナウィは、涼しい顔で槍を構えている。
クロウは片手で汗を拭い、息を整えた。

――何故だ…。確かに俺の攻撃の大半はあの槍で防がれている。が、それでも向こうの体力を奪うには十分な力のハズだ。なのに、なのにどうしてアイツは涼しい顔をしてやがる…。それに、攻撃しようと思えば出来る隙もいくつかあった。それなのに、アイツは最初の数回以来防戦一方だ。俺の体力切れを待ってるってのが妥当な答えだろうが…、どうも納得いかねぇ。何か、何かやらかすつもりだ…。

クロウはベナウィとの距離を少し離す。
だがベナウィは動かない。

――そうです。もっと考えなさい。確かにあなたは戦いの場数をこなしている。それに力や動きも申し分ない。セイトと同じ、いや、それ以上です…。
しかし、力だけでは敵に勝つことは出来ない。場数によって得た勘だけでなく、己の頭脳で考えなければ相手の予想外の行動には対処できませんよ。でなければ、私はおろかセイトすら越えることは出来ない…。

実のところ、ベナウィの体力はかなり消耗されていた。
それを顔に出さないのは侍大将である故か、はたまた日頃の無表情がそうされるのか。
クロウが距離を開け、考えの体勢に入ったことにベナウィは若干胸を撫で下ろした。

――くそっ!わからねぇ!アイツの狙いは何だ?何度考えてもわかりゃしねぇ。ずっと防戦で、隙が出来ても反撃しねぇ。何故だ?何故反撃しない?自分で言うのもなんだが、確実に勝てるような隙もあったハズだ。俺なら間違いなく叩き込んでる。
…俺なら?……へっ、そういうことか…。

クロウの口元が緩んだ。
と、同時にベナウィが地を蹴った。




「強者が弱者を好きにする権利がある。これがお前さんの考えじゃろう?」
ひとりの老人の槍が、男の喉元を捉えていた。
男の剣は遥か遠くの地面に突き刺さっている。、
例えこの老人の隙を見つけて駆け出したとしても間に合わないだろう。
男の負けは確実であった。天地がひっくり返らない限り、この結論が揺るぐことはなかった。
「…くっ!」
男はそれでも諦めはしなかった。
だが、訪れる現実に変わりはない。
男が抗うそぶりを見せた刹那、剣は男の首を貫いていた。
目を見開き、男の首ががくりと折れた。それっきり男は動かなかった。
剣をその首から抜いた老人は、剣についた血を拭うと鞘にしまった。
「やれやれ…」
そう呟き、近くに倒れている少女の元へ足を進めた。
男が剣を抜く際に、邪魔だといわんばかりに放り投げたのだ。
頭を打ったらしく、額から血が流れている。
老人が口笛を吹くと、木陰からウマが顔を出した。
そのウマの身体はどこまでも純白である。
ゆっくりと老人の元へ近寄ってくる。老人はそんな白ウマの顔を優しく撫でた。
と、鞍から吊している袋から治療に必要なもの一式を取り出し、少女を治療した。




ベナウィの激しい突きがクロウを襲う。
それは今し方始まったことだ。
ベナウィとクロウの攻防が入れ替わったのだ。
立て続けに攻撃を加えるベナウィ。
辛うじて避けるものの、その巨体故に確実にとはいかない。
身体のところどころに血の筋が生まれる。
「ぐっ!今まで防御ばっかだと思えば、今度はこれかよ!」
クロウが叫ぶ。
「あなたは出したのでしょう?答えを」
ベナウィが言う。
「まぁ…、な!俺は見ての通り馬鹿だからな。考えて動くなんて専門外だ。だから、アンタは無意味な行動を取って俺に考える暇を与えたんだろ?」
「正解です」
ベナウィの一撃がクロウの剣に弾かれる。
と、クロウの反撃が始まる。
ベナウィも負けじと反撃をする。
入れ替わりの攻防が繰り返された。
「だがな、アンタ勘違いしてる。俺は俺だ。他の誰でもねぇ。俺は俺のやり方でアンタを越えるッ!」
大きく剣を振りかぶったクロウが言った。
「そう言うと、思いましたよッ!」
ベナウィは低く槍を構えた。

2本の光が半円の弧を描いた。




「……ん」
ぼんやりとする意識の中、トウカは目を覚ました。
――ここは、何処だろう?某は確か…。
思い出すや否や飛び起きた。
急いであたりを見回すが、あの男はいない。
それだけでなく、先程までいた場所とは随分違う景色だ。
バチバチと、火の粉の跳ねる音がする。
「気がついたか?」
と、声がした。
声のする方に振り向けば、老人がいた。
蒸かしたモロロを口に運んでいる。
「あのっ…、某は…」
トウカの第一声が、それだった。
「お前さんはわしに助けられた。ついでに傷の手当てもしてやった。それだけじゃ」
「……くっ」
老人の話を聞くや否や、トウカは拳を力一杯握りしめた。
「悔しいのは、あの男に負けたことか、わしに助けられたことか…。まぁ、どっちでもいいんじゃがな」
そう言って再びモロロを口に運んだ。
「わしは、お前さんの考えを間違ってるとは言わぬが、あの男の考えも間違ってるとは言わぬ。どちらも正論じゃ」
「…………」
「じゃが、無鉄砲すぎるのはよくないの。確かに、あのままお前さんが突っかからなければ、あの男は賊に殺されとったじゃろう。しかし、お前さんが介入したことで結果は変わったと思うか?今回は逃げられたようじゃが、それは賊がお前さんで遊んどったからじゃろう?お前さんが即座に殺されてみろ、あの男も逃げ切れずに殺されておるわ。つまり、お前さんはただの無駄死にじゃ」
老人の言葉が、トウカの胸に突き刺さった。
言われてみればそうだ。相手の力量も判断出来ずに、その場の流れで飛び出したことに変わりはない。
結果、この老人に助けてもらわなければ自分は死んでいただろう。
けれど…。
トウカの中には、煮え切らない何かがあった。
それを見透かしたように、老人は言う。
「お前さんがどんな理想を描こうとも、現実はこんなもんじゃ。どんなに綺麗事を並べようと、結局勝つのは強者。勧善懲悪なんてものは存在しないんじゃよ。それでもお前さんがその理想を貫き通したいと言うならば、」

――強くなることじゃ

トウカの目を見据えて、老人は言った。




空中を大きく舞った剣が、勢いよく地面に突き刺さった。
正確に言えば、真ん中で半分に折れた剣が、だ。
ベナウィの槍は、クロウの剣を折り、その顔を下から上へと捉えた。
辛うじて身体を後に倒したものの、槍先はクロウの顔の一部を裂いた。
鮮血が流れた。
その瞬間、勝負は決まった。
クロウが諦めの表情を示すと、ベナウィは槍を引いた。
試合と称して始まった戦いだ。お互い命の取り合いをするわけではないのだ。
「俺の負けだ…、っ痛〜」
クロウは左目を押さえる。その手にはべっとりと血が付いた。
「うひゃぁ、こりゃまた大変だ」
そうこう言ってるクロウに対しベナウィは、
「傷口は大したことはありません。ずぐに止血するでしょう。おそらくは、目にも影響はないと思いますが」
「あぁ、血が滲んでアレが目ん玉自体は痛くねぇ」
と、クロウは懐から水の入った袋を出し、それで目を洗った。
「クロウ――あなたは何故強さを求めるのです?」
そんなクロウに、ベナウィは突然問いかけた。
「…あぁ。あんまり記憶がないんだけどよ、ある時をキッカケに…、な。そのキッカケも思いだせねぇ。ただ、俺は強くならなきゃならねぇんだ。絶対に」
「…そうですか」
ベナウィは呟いた。
本人がそう言う以上、これ以上の問いかけは無意味だとベナウィは悟った。
「ま、アンタに負けちまったけどな」
そう言ってクロウは、その場に大の字に寝転がった。
どこまでも広がった青空が、クロウの視界に飛び込んできた。
「だが、不思議と悔しくねぇな。負けたのによ…」
ベナウィもまた、大空を見上げた。
太陽が眩しくて、目を細める。

――セイト。この男なら、あるいは…。

何かを決意し、ベナウィは横たわるクロウに口を開いた。




あれから翌日のこと。
「シグレ殿は、もう行かれるのか?」
「うむ。ちと急ぎの用があってな。こいつを届けねばならんのじゃ」
と、シグレは白ウマの手綱を手に取った。
「そのウマは……?」
「うむ。名をシシェという。数年前からわしが乗っておる愛馬じゃ」
頭を撫でられたシシェは、軽く目を細めた。喜んでいるのだろう。
「それで、お前さんはどうするのじゃ?」
「今一度…、自分を一から鍛え直そうと思っております」
「うむ。お前さんなら大丈夫じゃろう。精進せい」
その言葉に、トウカは大きく頷いた。
シシェにまたがったシグレは、山道を駆け出した。
遠ざかるその姿を、トウカはいつまでも眺めていた。

ちなみにシグレという老人が、かの伝説の武人であることをトウカが知るのは、ずっと先の話である。




――私と共に来る気はありませんか?

ベナウィがクロウにそう言ったのは、今から6年前の話である。
彼にセイトに重なる部分があったのか、それとも彼の魅力に惹かれたのかはわからないが、おそらくその両方なのだろう。
今ではそう思う。
しばらく昔を思い出していると、気づけば先程まで大地を揺るがしていた大粒の雨が止んでいた。
黒雲が徐々に散っていき、隙間から太陽の光が差し込み、大地を照らす。
雨によって塗れた大地が独特の輝きを放つ。


この國は平和だ。

ケナシコウルペという國が滅んで、トゥスクルという國が出来た。

前皇とは違い、今の皇は実に出来る人物だ。

随分と治安もよくなったし、人々の暮らしも豊かになった。

そんな國に仕えられることを、ベナウィは幸せに思う。

きっと彼は、これからも、その身が尽きるまでこの國に仕えるのであろう。

今の彼を作り上げた全ての出会いと、大切な人の想いを胸に。


ふっ、とベナウィの口元が緩んだ。
そして一言、呟いた。

――さぁ、今日も忙しくなりそうです。



 あとがき

うたわれるものという作品は非常に魅力的なキャラが多く、その中でもベナウィとクロウという男性キャラが取り分けて好きでした。
しかしベナウィというキャラはトゥスクル建国以前は、無能な皇の元で侍大将として采配を振るっているのです。
これは一体どうしてかと思い至ったが最後、気付けば過去話が頭を過ぎって執筆した次第です。
勝手な設定なのでオリジナルキャラなんかも登場しますので読む人を選ぶと思いますが、
SSというものにはこういう風に幅を広げる可能性があるということを理解していただければ幸いかと思います。



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