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 懐古


ユズハ…。

お前は…幸せだったか?

がんばって生き抜いた十数年。

幸せだったか?



今思えばあの頃は…兄者に会うまでは、兄らしいことを何一つしてやれなかった。

お前を部屋の中に閉じこめて…。

過保護に、なりすぎていた…。


外の世界を知らない。

『友達』という言葉さえ知らない。

それでも構わない。お前さえ生きててくれれば…。

そんな事さえ考えたこともある。

俺は、兄失格だ。


この辺境の地に来てから、どれほどの時が過ぎたろうか。

トゥスクル様という腕のいい薬師に出会い、お前を看てもらった。

あの時、この人ならユズハの病気を治せる。

本気でそう思っていた。


病気を治すにも、生活するにも金はいる。

だから俺は賊になった。

それがどんなに悪いことだとわかってようと、仕方のないことだった。



「お兄さま、どこかへ出かけるのですか?」

突然のユズハの声に、俺は驚いた。

「ユズハ、どうした?寝てないといけないじゃないか」

俺はユズハの元へ歩み寄り、そっと腰を下ろした。

「扉が開く音がしたから…」

「そうか、すまなかったな。起こしてしまった」

ユズハはゆっくりと首を横に振った。

ユズハは、目が見えない。だからその分、人より耳がいい。

夜中に出かけるときは、いつも注意はしているのだが…。

ユズハを起こしてしまうことがある。

「また、お仕事ですか?」

「ああ、兄は忙しいからな」

「あの…お兄さまは、悪いお仕事では…ないですよね?」

「え?」

出かける際にユズハに気づかれた事は何度かあったが、こういう質問をされたのは初めてだった。

「もし、お兄さまが悪いことをしているなら…やめてください」

一瞬、ユズハに気づかれているのかと思った。

自分が賊をやっているということを。

「ユズハ…」

「ユズハは、悪いことをしてまでいい暮らしがしたいとは思いません」

「違うっ!」

気づけば、声を張り上げていた。

ユズハの躯がびくりと震えた。

「ご、ごめんなさい。お兄さまが、がんばってくれているのに、ユズハ…」

ユズハが少し怯えていることに気づく。

俺は、何を焦っている…?

「あ、いや…怒鳴ってすまなかった」

ぐっと拳に力が入る。

「兄は、悪い仕事なんてしていないから…だから心配しなくていい」

俺は、初めてユズハに嘘をついた。

胸が、痛い…。

そのとき、ユズハがそっと俺の手を取って…。

「ユズハは、こんな躯だから何もできないけれど…お兄さまがいてくれて、幸せだから」

そう言ってくれた。



家を出て、待たせてあったドリィとグラァ、その他の仲間と向き合う。

「若様、もうあまり時間がありません」

ドリィが言った。

「よし、行くぞ!」

「はっ!」

俺たちは、闇の中を駆け抜けた。

俺たちが狙うのは、主に薄汚い領主の館。

民に無理な税を押しつけ、自分が楽をしている。

そんな奴らが許せない。

だから、盗む。

いや、取り返すと言った方がいいかもしれない。



盗んだものを貧しい村に分け与えたりもしている。

だから、義賊と呼ばれてることが多い。

聞こえはいいが、結局やってることは賊とあまり変わりはしない。

義賊のしていることは、罪悪感を消したいがための行為かもしれない。

俺の「悪い仕事」は、兄者を「兄者」と呼ぶようになるまで続いた。



トゥスクルという國が出来てからは、暮らしが随分豊かになった。

昔の自分を忘れてしまうほどに…。



ある晩、城に賊が侵入したことがあった。

賊はすぐに捕まり、牢へと入れられた。

俺は兄者とベナウィに連れられ、地下の牢へ赴くことになった。

何故俺が一緒に行かなければならないのか分からないが…。

兄者の命令なら仕方がない。



「こいつです」

牢兵に案内され、牢の前にくる。

その中には、華奢な躯の男が座っていた。

「近隣の國で有名な賊ですね」

ベナウィが言った。

相変わらず博識だ。そう思った。

「それで、賊を働くようになった理由を聞かせてもらおうか?」

兄者がその男に言った。

俺は何故こんな質問をするのかがわからなかった。

こいつはこの城に侵入した。

そして捕らえたなら、さっさと殺すなりすればいいと思ったからだ。

賊をするにはリスクがいる。

それは、俺が一番よく知っていることだった。

男は意外な質問に驚いたのか、少し笑ってから話し出した。

「最初は、生活のためだった。こんな時代だ、別に珍しくもないだろう?」

賊なんて皆そういうものだ。今更聞くこともないだろう。

「今は、妹のためだ」

その言葉に躯が反応した。

「妹が、病気でな…。治すのには金がいる。まぁ、治るかどうかはわかんねぇがな…」

この男…。

「だそうだ」

兄者が言った。

「この男は嘘をついてませんよ。調べさせましたから」

ベナウィが兄者に続いていった。

「オボロ、お前ならどうする?」

「どうするって、兄者…」

「この男の処分を、お前に任せる」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうして俺に…」

俺と同じ境遇の男。

その処分を、俺に任せるだと?


――こいつはこの城に侵入した。

――そして捕らえたなら、さっさと殺すなりすればいいと思ったからだ。

――賊をするにはリスクがいる。

――それは、俺が一番よく知っていることだった。


ふと、先刻自分が考えていた事が頭によぎった。

ここでこの男を殺さないと、また賊を働く。

被害は少なからずとも増える。

だけど、それじゃあ妹はどうなる?

兄の帰りを待つ妹は…。


兄者もベナウィも、黙ったまま俺を見ている。

「兄者…俺には出来ない…」

俺は静かにそう言った。

それを聞いたベナウィが牢の鍵を開け、男に行けと命令する。

男は予想外のことに戸惑ったが、自分が助かると知って急いで牢を出た。

「あんた、感謝するぜ」

俺の横を通り過ぎるとき、男がそう言った。

俺は思わず男の胸ぐらを掴み、殴り飛ばした。

男は数メートルほど吹っ飛んだ。

「二度とこの國で賊を働くな」

俺は男に向かっていった。

「次は、ないと思え…」

それを聞いた男が、ゆっくり立ち上がり歩き出す。

「それとっ!」

俺が叫ぶと、男の動きが止まり、こちらを振り返った。

「妹を…悲しませるような事は…するな」


男が牢を出て行った後、俺はしばらくその場を動けなかった。

俺は、正しかったのだろうか?

「兄者、何故俺に…」

そうだ。何故俺にこんなことをさせたんだ?

だけど、兄者は何も答えず、その場を去っていった。



今なら、なんとなくわかるような気がする。

俺は、自分だけが特別だと思っていた。

妹の病気に悩まされ、賊を働き、罪を重ね…。

自分のような人間は、他にはいないだろうと思っていた。

だから、世の中には同じような境遇の人間がいることを、教えたかったのかもしれない。




ユズハにも友達が出来、よく笑顔を見せるようになった。

ここに住まわして、正解だったと思った。

本当にこの子は病気なのだろうか?

時々そう思うこともある。

これで本当に病気でないなら、どれだけよかったことか…。



俺は時々、街に出ることがある。

そんな時は、決まって鈴を買った。

ユズハは、鈴が大好きだからだ。



昔、森で鈴を拾ったことがあった。

少し泥で汚れていたけど、拭けば新品同様の鈴だった。

こんなもの付けて館に侵入したら即見つかるだろうな…。

などと思いながら、何気なしく鈴を鳴らしながら帰った。

扉を開けると、ユズハが上半身を起こした。

「ただいま」

「おかえりなさい、お兄さま。何の音ですか?」

「ん?ああ、鈴っていうんだ。森で拾った」

ユズハの手に鈴を握らせる。

ユズハはゆっくりと鈴の感触を確かめた後、それを軽く揺らした。。

ちりんちりん。

静かな部屋の中に美しい鈴の音が響き渡った。

「綺麗な音…」

ユズハが嬉しそうに言った。

「気に入ったのか?」

「はい」

「だったら、ユズハにあげよう」

「本当ですか?」

「ああ」

ユズハは嬉しそうに何度も鈴を揺らした。

ちりんちりん。

ちりんちりん。

ちりんちりん。



それから毎日のようにユズハは鈴を鳴らして遊ぶようになった。

だから、俺は事ある毎に鈴を買ってきてはユズハにあげた。

音色の違う鈴。

少し大きい鈴。

街にはいろんな鈴が売ってあった。

どれを買えばユズハが喜ぶだろうか?

そんな事を考え、その店で半刻ばかり悩むこともあった。



今思えば、馬鹿の一つ覚えだったのだろう。

それでも、ユズハは喜んでくれた。

その笑顔を見るのが、好きだった。



兄者がいなくなった事をユズハに告げたときは、随分と泣かれたものだ。

分かってはいたことだけど…。

そっとユズハを抱きしめながら、俺も涙を流した。

いつも、ユズハの前では強い兄を振る舞っていたつもりだ。

ユズハが助からないとトゥスクル様に告げられたあの時。

ユズハに悟られないよう兄者に言われ、無理して笑っていた。

だけど、この時だけは、強い兄でいることが出来なかった。



ユズハに子供が出来たと知らされたのは、それからすぐの事だった。

ユズハの躯では、無事に産めるかどうか分からないと言われた。

子供を産むときの苦痛で、死んでしまうかもしれない。

俺はそれを聞かされたとき、目の前が真っ白になった。

だけど、子供を産むことがユズハの願いでもある。

俺がどうこう口の挟める問題でもない。

それでユズハが幸せなら、仕方のないことだと思った。



ユズハは変わった。

辺境の村にいた頃は、あんなにも弱々しかった。

いつ死んでも、おかしくないような子だった。

だけど、今は違う。

毎日を精一杯生きて、輝いている。

あの頃から変わっていないのは、俺なのかもしれない。

いつまでも妹離れ出来ずにいる。

余計な心配ばかりしてしまう。

時々、そんな自分が嫌になることもある。



ユズハの子は、無事産まれた。

元気な女の子だ。

ユズハも生きている。

俺は、嬉しかった。

子供が産まれてすぐ、ユズハの意識がなくなったときはどうなるかと思ったが…。

ユズハの子を抱き、ユズハの元へと向かう。

腕の中に、命の重さを感じる。

「ユズハ、起きてるか?」

部屋に入り、扉を閉める。

「お兄さま」

ユズハが上半身を起こしながら言った。

「よくがんばったな。お前の子だ」

そう言ってゆっくりと赤ちゃんを抱かせる。

赤ちゃんはよく眠っている。

幸せそうな顔だ。

「ユズハの、赤ちゃん…」

「ああ、そうだ。女の子だぞ」

ユズハが今までで一番の笑顔を見せた。

俺も、自然と笑顔になっていることに気づく。

「お兄さま、そこの箱を取ってもらえますか?」

ユズハが本棚を指して言った。

「ああ、これか?」

俺はユズハの言われた通り箱を取る。

随分大切そうな箱だ。

「これには、たくさんの思い出がつまっているんです。開けてみてください」

俺はゆっくりと箱を開ける。

その中身は…。

「これは…」

箱の中には様々な鈴が入っていた。

俺がユズハにあげたものだ。

涙が…出た。

「いくつか、鳴らしてみてください」

「あ、ああ」

涙を拭って鈴を鳴らす。

それぞれに違う音を奏でる。


ちりんちりん。

ちりんちりん。

ちりんちりん。


「あ、それ…」

いくつか鳴らしたところでユズハが言った。

「ん?」

「その鈴、貸してください」

「ああ」

ユズハに鈴を手渡す。

「この鈴は、お兄さまが初めてくれた鈴なんです」

「え?」

「楽しい思い出、悲しい思い出。この鈴にはたくさんつまっています」

ユズハが鈴を赤ちゃんの手に握らせる。

「この子にも、この鈴の思い出を…」

そう言ってユズハは赤ちゃんを抱きしめた。



それが、ユズハの最期の言葉だった。



もっと…生きられると思ってた。


もっと…生きていて欲しかった。


だけど、大丈夫だから。


この子は、俺が育てるから。


この広い世界をいっぱい見せてあげるから。


楽しいことも悲しいことも、乗り越えられるように。


だから、安心して…。


ユズハ…。






そして俺たちは旅に出た。


ベナウィが何度も止めたが、これは俺が決めたことだ。


いつの日か、またここへ戻ってこよう。


ユズハの幸せの眠る、この場所へ。


兄者に会える、そのときに。



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