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朧 いつの頃だったか――ユズハに言われたことがある。 それはとても辛い言葉で、最も言われたくなかった言葉だ。 申し訳なさそうな顔で、どこか怯えたような瞳で―― ――お兄さまが、時々怖いです。 確かに、それはユズハの口から発せられた言葉だった。 俺は何も言えず、ただただ黙ってその場を去った。 そう言われても仕方ないと思った。 俺は――ユズハを利用しているのだから。 ◆ 俺が初めて人を斬ったのは、片手で数えられるくらいの年齢だ。 戦で村を失い、親とはぐれ、そしてこの地に流れ着いた。 まだ小さかったユズハを背負って。 誰だって、生きていくためには働かなければならない。 それがどんな形であれ…。 皆、生きるのに必死だった。 それは、生きるためなら何でもするという意味を含む。 親が子供を殺すのを見た。 生活に耐えられなくなった親が、自分の子供を殺したのだ。 子供に与える分の食料が、親のものとなった。 生きるためには、親だって子供を殺す。 もちろん、逆だってあり得る。 他人に向けられる場合だってある。 弱肉強食。 生きるためには、何かを犠牲にしなければならない。 例えば動物や魚。 人が生きるためにその生を奪われる。 動物同士、魚同士でもこの行為は行われる。 それが人と人で行われても不思議ではない。 むしろ、こんな世の中だからこそ行われるのだろう。 子供だった俺は、その行為に対して恐怖を覚えた。 いつか、誰かが自分やユスハを殺すかもしれない。 いや、殺される。 そう思いはじめると、この村にはいたくないと思った。 だけど、子供2人で生きていけるはずがない。 だけど、殺されるのは嫌だ。 だけど―― 葛藤がずっと続いた。 そして、あるひとつの結論に辿り着く。 殺されるくらいなら―― 俺も他の人と変わりはしない。 今のこの状況が人によって生まれた自然なら、それに身を任せるのが自然というもの。 むしろあれこれ悩んでいたことが不自然に思えた。 心が決まった後は早かった。 素手で大人に勝てるわけがない。 かといって、頭がいいわけでもない。 ならば武器が必要だ。 人が人を殺すための道具。 俺は戦跡へと向かった。 ◆ 戦の跡は虚しいものだ。 血と肉と、人々の残した怨念しか残っていない。 俺が向かった戦跡は、戦が終わってから結構経っているのだろう。 あたり一面に漂う腐臭と、白骨化しつつある物体がいくつも転がっていた。 どこかの國の兵士。中には村人などもいるかもしれない。 赤みのかかった空が、その光景を残虐的なものに思わせた。 俺は、その中から手頃な武器を探した。 転がってるのは刀や槍が主で、使い物にならない矢には目もくれなかった。 いくつかの武器を拾ったところで、ごそごそと動く影があることに気づいた。 はじめは俺と同じように武器を探しに来てる奴がいるのだろうと思った。 だけど、それは想像を遥かに超えるもので―― いや、今思えばそれは仕方ない、むしろ当然のことだったのかもしれない。 全身から血を流した男が、一心に何かを口に運んでいたのだ。 それは、人の肉。 腐臭を放つその肉を、ただがむしゃらに口につめている。 声が出なかった。 人が人を喰っている。 背筋がぞくりとした。 人が動物を喰うことに何も感じず、人が人を喰うことに恐怖を感じるのは当然だろう。 前者は慣れであって後者はそうではない。 日頃から目の当たりにしていれば、後者に対して何も思わないはずである。 それを目の当たりにしないのは、目的が違うからだ。 動物は生きるために動物を殺す。それは喰うために。 人は生きるために人を殺す。それは喰うためではない。 ただその違いがあるだけのこと。 人ももっと知能が低ければ、人を喰うことが日常茶飯事になっていたかもしれない。 それでその後、俺は恐怖のあまり手にしていた武器を落としてしまった。 音が響いた。 男の手が止まり、静かにこっちを振り返った。 ゆっくりと男が立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。 その足取りは虚ろで、今にも倒れそうな感じだ。 だけど、俺はただ怖くて――男の目が怖くて、気づけば手元に転がっていた刀を握りしめていた。 その後しばらくの記憶はない。 目の前には先程の男が転がっていて、身体は震えていて―― 生温い“何か”が全身に―― 再び恐怖が訪れた。 そうしたら、自分が人を斬ったということに気づいた。 頭ではわかっていたけど、身体がそれを認めなかった。 がたがた震える手から刀が零れる。 まだ真新しい“血”を吸った刀だ。 それを見るたびに震えが増していく。 ――殺されるくらいなら、いっそ殺してやる。 今、それをこの手で実行してしまった。 仕方のないことだ。 殺さなければ自分が殺されていた。 何度も自分に言い聞かせる。 だけど―― 目の前にある現実はあまりにも重すぎる。 どうして、どうして人は簡単に人が斬れるんだ? 生きるために、これを何度も繰り返しているのか? これが平気だというのか? どうして、どうしてっ! 俺は、俺は―― オレハ、バケモノカ? ◆ そして、いつしかその行為が当たり前のこととなっていた。 俺は最低の逃げ道を選んだ。 ユズハという少女――俺の妹だ。 この行為を割り切るには、それしかなかった。 ユズハの為に―― 最低だと思う。いや、最低だ。 ユズハはこんなことは望んでいないし、知りもしない。 だけど、自分のためではなくて誰かの為にと思うだけで随分と楽になるのも事実だ。 俺のしてることを正当化するには、それしかなかった。 弱い奴だとか、そう思われても仕方ないと思う。 だけど、俺は弱いから―― 仕方がないじゃないか。 この一言でどこまで逃げれるかはわからない。 だけど、今暫く――俺が自分の為だと認められるようになるまで許してくれ。 ユズハ―― そしてこの後、俺の人生をがらりと変える男と出会うことになる。 男の名は―― |