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「…………さて、どうしましょうか…」


皇宮の書斎にて、ベナウィは一人つぶやく。

彼が悩んでいるのは、目の前に山とつまれた書簡のことではなく…
さりとて彼の腹心であるクロウに、
いかにして文官の仕事を教え込もうか、といった事でもない。

……いや、それも懸念事項ではあるのだが……

今、彼が頭を悩ませているのは、もっと別の問題であった。


「ふぅ……さて、誰を置くべきでしょうかね…」

厄介な問題が残ったものだ、とベナウィはため息をついた。










『複心』
〜ベナウィ・クロウ〜













……彼がオボロを見送ったのも、もう、幾日も前の事になる。

彼が去ることで……彼が皇女を連れて去ることで、
皇宮には深刻な問題が発生した。


……皇の不在が、浮き彫りになったのである。


…つまりは、誰が後を継ぐか、ということ。

皇がいなくなったあの後、
戦後の処理などでその問題はうやむやにされてきた。

……あるいは、皆が無意識に『彼の後』を決めることを
拒んでいたのかもしれない。


……そして、そうこうしている内に、彼の子が生まれた。


その時は…本当に心底、安堵したものである。


皇女を次期女皇とし、オボロを後見人としてつかせることで、
とりあえずの体裁を保つことができると考えた。

それならば、諸藩の者達を納得させる自信もあったのだ。


……だが、皇女は旅立ってしまった。


これで、この皇宮から彼の血筋はいなくなってしまったのである……

世襲制が常の世。
皇がいなくなったといって、おいそれと皇の座をすげかえてよい訳もなく…
それなりの説得力をもった人物を、そこに置かねばならなかった。



……これが存外、難しい。



このトゥスクルをつくった皇は、素晴らしい皇であった。

……人格的にも、能力的にも。


情けを知りつつ、情に流されることはなく。
炎の勢いを保ちつつ、静水のように冷静で。
文武に秀で、人に愛される魅力があった。


とても、これ以上は望めぬほど、優れた皇であったのだが…
それが故に、後を継げるものがいないのだ。

誰を置いても、見劣りしてしまう。


いや、いっそ劣っていても構わないのだが……
諸藩の者を説き伏せるだけの『何か』を持ったものがいないのだ。


「…………どうした、ものでしょうかね。」


と、ベナウィをもってしても、こうなるのである。





……だから。


…………だからこそ。



その時皇宮に持ち込まれたその『話』は、彼には天啓のように感じられた。




「大将!!大将!!……どこですかい!!大将!!」


「…何の騒ぎです?クロウ」















「クロウ、もう一度聞きます。その話は確かなのですか。」


クロウが持ってきた話は、ある意味では、よくある話ではあった。


彼が消えて後…彼を名乗るものが現れることは間々あり、

……大概は、それを名乗ってどこぞの集落で豪遊する馬鹿者であったのだが……

その度に事の真偽を確かめては、落胆した覚えがある。


…その後その偽者がどうなったかは、いわずもがなだ。


「確かです。…こいつぁチキナロの持ってきた話ですぜ。」

「…!チキナロが…」


あの多才な特技を持つ行商人は、人を騙す事はあれど商売で嘘はつかない。

信憑性が、格段にあがった。


「…これは…!問題が一つ片付くやも知れません」

「は…?問題、ですかい?」

「クロウ、馬を。」

「大将!?」


「皇を、迎えに行きます。」


珍しい、事だった。

これほどまでに嬉しそうに……
それがわかるほどに行動に出るベナウィというのは。


そして、それと好対照に、クロウは神妙な顔つきになっていく。


「大将…」

「どうしました?クロウ」

「そいつぁ……、待ってもらえやせんか。」


クロウの目に、真剣な光がやどる。

……そして、それを見た、ベナウィにも。


「……理由を、聞きましょう。」


「……話を持ってきた俺が言うのもなんですがね。
 このまま…このままそっとしといた方がいいじゃないかって…

 …あんまり、うまく説明できやせんが…

 総大将が、ここじゃなく、あの村にいたって事は、
 そういうことなんじゃないかって、思うんです」

「………………」

「俺も、つい浮かれちまいやしたが……」

いいながら、申し訳なさそうな顔をするクロウに、
ベナウィはふ、と笑みを浮かべた。

「言いたいことは、わかりますよ。クロウ」

「大将……」

「けれど、傲慢に聞こえるかも知れませんが、
 私たちにはあの方が必要なのです。」


その言葉で、今の皇宮の現状を思い出す。

彼とて将の一人。
人を統べるためにそれが必要な事は、すぐにわかった。


……確かに、彼が戻ればこれ以上なく上手くいく。


上手くいくが……

けれど…それでもクロウは納得できなかった。

感情的なものもあったし、それに……
……常々、思っていた案がある。

……説き伏せるのもためらわれたので、今まで黙っていたが…


「……皇には…皇には大将がなれば、丸く収まるんじゃ…」

そう、彼ならば、どうか、と。


クロウが言ったその一言は…けれど静かに否定された。

ゆっくりと首を横に振り、ベナウィは笑みを浮かべたまま、言う。

「それはできません。
 クロウ、前にも言ったことがあると思いますが…」

「…………」

「私は『ケナシコウルペ』の侍大将だったものです」


それが、彼が皇を継がなかった理由であった。


トゥスクル建国の際に最後まで、敵対していたものの立場。

皇が起用するのならともかく、自身が皇になるのでは、反発が強すぎたのだ。


「私がこの国を継ぐことはできないのですよ。」

「しかしですね、大しょ」

「それに」


と、言葉をさえぎる。


「それに、彼に戻ってきてもらうのはそれが理由なだけではありません。」


「…なんですかい?そりゃ」

「いるでしょう。彼が皇でなければ、会えない人が。」

「それは……」


脳裏に、白い羽の姫君の姿が思い浮かんだ。

彼女の立場からすれば、確かに難しいだろう。


「…再会すらできないのでは…あまりに悲しすぎませんか?」

「大将…………」

そう問われれば、答えることができない…


「…………」

じっと沈黙したクロウを見て、ベナウィはきびすを返した。


「さぁ、行きますよ!クロウ。」


その声に、数瞬遅れて、けれど確かに。


「うっす!!」

クロウも、頷いた。











こうして…こうして。

彼らはヤマユラへと向かい。

『ハクオロ拉致作戦』を決行するのである…



































「……詭弁、ですね。」





「大将?どうかしやしたかい?」


「いいえ、なんでもないです。
 ……とばしますよ、クロウ!」


「ういっす!!」






本当に、詭弁です。


様々な理由をつけても…結局は。


…私があの方に、仕えたいだけなのですから……


















「ああ……聖上様、聖上様がそのような事をなされなくとも…」


「ははっ。じいさん、今の私は皇ではないよ。気にしないでくれ」


「…気にします。皇の政務から逃げ出すのは感心しませんよ」


「べ、べなうぃっっ!!?」






……数日後。

ハクオロ皇帰還の報は、瞬く間に、全土に広がったという。






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