ザッ!
……走る。
ザザザザザザザザッッ!!
走る。
走る。
……走る。
バキッパキッ……
枝が身体に当たろうと、走る。
森を駆け、道なき道を行き、茂みを抜けて、なお走る。
ダッ!!
走る。
走る。
走る。
朝が終わり、昼が過ぎ、太陽が赤く染まっても。
目指すは北西。
懐かしい国、トゥスクル。
私たちの『家』、トゥスクル。
…………あの方の、帰る国。
『焦心』
〜カルラ〜
その話を聞いたのは、偶然立ち寄った小さな集落で。
最近とみに増えてきた野盗にお仕置きをして、
相方が戻る前に報酬を受け取り、
その内いくらかをお酒に変えて、
村長の世間話に付き合っていたとき。
「……もう一度…言ってくださらないかしら…?」
「はぁ…いえ、トゥスクルの皇宮に、
長く行方知れずだった皇が戻ってきた、という話で……」
……初めに考えたのは、『偽者』。
これまで何度そういった愚か者に出会っただろう。
見つけてみれば、何のことはない。
仮面をつけただけの、それだけの男。
……トウカと一緒に、気絶するぎりぎり手前で
殴り飛ばし続けるのも、毎回のことだ。
だけれど。
『皇宮』に?
あのベナウィのいる『皇宮』に偽者?
ありえない……ありえない!!
「すみませんけど私、これで失礼しますわ!」
後ろで村長が何か言っていたようだけど、もう聞こえてはいなかった。
意識はすでにトゥスクルへ…最短の道を、思い描く。
そしてそれから。
私は、走り続けている。
重い。
……重い。
いつもは気にならない首の異物が、たまらなく重い。
いつもはちょうどいい得物の重さが、たまらなく憎い。
「…………っ…はぁ…はぁ…」
一度、足を止める。
木にもたれかかって、息を整える。
皇都までもう少し。
日が落ちたころには、皇城に入れるだろう。
……トウカなら。
あれで意外と足の強いトウカなら、休まずに行けるのだろうけれど。
「……はぁ……はぁ……」
大丈夫。
もう少し経てばまた走れる。
もう少し。
もう少しだ。
辿り着いたらどうしよう。
正門から訪ねるか。
たぶん私だとわかれば、すんなりと入れる。
けれど同時に連絡もいくだろう。
…………それはあんまり面白くない。
私を待たせたのだ。
こんなにも、焦がれさせたのだ。
驚かせてやらないと、気がすまない。
……やはり忍び込むとしよう。
忍び込んであの方に、一番最初に会いに行くのだ。
ベナウィだとか、クロウだとか。
たぶんいるだろうエルルゥだとかに会うのはその後だ。
あの方の、おどろいた顔が目に浮かぶ。
私はそれに気づかない様な態度で、
ゆっくりあの方に身を預けるのだ……
「……ふふっ……うふふっ…」
顔が、ほころぶ。
…………少し、自嘲気味に。
「何を……何をしているのでしょうね…私は…」
……わかってる。
……気づいてる。
流言の可能性があることは。
そこにあの方がいないということは。
………わかっている。
「でも………」
足を一歩踏み出す。
「………それでもいい」
もう一歩……また一歩。
次第にそれは早くなり、私はまた、走り出す。
皇都を目指して……あの方を目指して。
それでもいい。
この全てが徒労に終わってもいい。
愛する人のもとに走って、走って、走り続けて。
それが最後に、報われず終わる。
……そんな、愚かな女になるのも、悪くない。
…それでも…
もしそれが報われるなら。
もう一度……もう一度、永遠の契りを結ぼう。
私の心をとらえてはなさない、
私の、あるじ様と……
「……カ……ルラ?」
驚いた顔。
見たかった顔。
……ああ、この人がここにいる。
「…お久しぶりですわ、あるじ様。」
……心臓が、止まるかと思った。
あなたの姿を、見つけたときには。
「……お顔を…拝見するのは初めてですわね…」
月明かりに照らされて、互いに見つめあう。
…今、あなたの瞳に、私がいる。
あなたに全てを捧げると、誓いをたてたあの時の私。
「……なかなか、私好みですわよ…」
すっと手を伸ばし、頬に触れる。
……今夜は無粋な香水はありませんわ。
どうぞ私に、酔ってくださいな……
「あるじ様……お約束どおり、またあなた様のものになりにきましたわ」
見つめたまま、両の手を首の後ろにまわす。
自然に顔が、近づいていく……
「……いいえ、違いますわね……」
少し、視界がぼやける。
……気づかせない様、瞳を閉じた……
「…私があるじ様のものだと、思い出してもらいに来たのですわ……」
唇を合わせる。
つ……と、しずくが零れ落ちた。
…………久方ぶりの口づけは。
……海の、味がした。
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