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「♪〜〜♪〜♪〜…」
「あ〜ぅ〜ぅ〜…」

あたしの声にあわせて、クーヤ様が歌う。

あたしはクーヤ様の髪を梳き、
穏やかな時の流れに、身を任せる。


…これは朝の日課。

本来なら、とても柔らかなクーヤ様の御髪は、
こうして整えることをしなくても、くせなどつかないのだけれど、
こうしているときはクーヤ様も気持ちいいらしく、
あたしはあたしで、こうしているときが、一番しあわせ……








『決意』
〜サクヤ・クーヤ〜









……あれから。


ハクオロ様がお帰りになられてから、幾ばくかの時が流れました。

皇城にハクオロ様がお姿を見せられてから、
城下も城内もまるでお祭りのような騒ぎで――

いいえ、あれはお祭りだったのでしょう。
ハクオロ様の帰還を祝う、お祭り。

…本当に、多くの方に慕われている方です。ハクオロ様は…





懐かしいというにはまだ時はそれほど経ってはいないけれど、
確かに懐かしい方々も戻ってこられました。

エルルゥさんやアルルゥさんはここにまた住まわれるようになり、
オボロさんやドリィさん、グラァさんも、しばらくはとどまられるようで。

少し前に國師代理の任を解かれ、
お国の方に戻られていたカミュさんも、
再びここに住んでいます。

……非公式、だそうです。


いつのまにか、
カルラさんとトウカさんが戻られていたのには、
皆さん驚かれてましたけど……



ここにいない方といえばウルトリィ様…


お国のほうでの都合がつかない、とカミュさんが伝言を伝えておられました。

…さぞかし、もどかしい思いでおられることでしょう…

あの方も、少なからず、ハクオロ様を想われていましたから…



…そして……ユズハさん。


……あの幸せそうで、でも、寂しそうな笑顔を、
あたしは忘れられそうにありません。


もう少し、もう少しはやくに…

それは、口には出さないけれど、みなさん同じ思いを抱いています。

とくに、ハクオロ様はご自分を責めていらっしゃるようで…

ときおり、ユズハさんのお墓の方の空に目をやっては、
何ともいえない御顔をされています。




……けれど、どんなに願っても。

どんなにそれが寂しくとも、時の流れは戻りません。

失われた人が、戻ってくることは……ないのです。


ふ、と私は自分の両足首に目をおとしました。

そこには癒えぬ傷痕がのこされています。


両足の腱をきった、その痕が……




































それは、表向きはハクオロ様への従属の証。

逃げられないよう、走ることのできないようにとつけられた傷。

けれどあたしは…
これはおじいちゃんの愛であったのだと、信じています。


暴走をはじめたあの国を去るとき、
おじいちゃんはあたしを残しては行けませんでした。

『裏切り者の血族』と、
どんな目にあわされるかわからなかったからです。

……あのころにいたっては、兄やクーヤ様でも、
かばいきることは難しかったでしょうから……



けれど、トゥスクルにおいても、私達は安全ではありません。

敵国の、それも中核にいた大老です。
よく思わない人も多かったはずです。

だから、大老は…おじいちゃんは。
私にハクオロ様の室に入るように言いました。

そして、両足の腱を切る、とも。


…そう、協力を仰ぐために捧げられた供物。

歩くことにも不自由な、哀れな少女。


そういう立場にあたしをおくことで、よく言えば人の情に訴え…

悪く言えば、他人から向けられる憐憫を利用することで…

おじいちゃんはあたしを守ろうとしてくれたのです。


だから…あたしはこの足の傷が好きです…

おじいちゃんがあたしを確かに、
愛してくれていたことの、証なのですから…

































「…おろ〜」


「クーヤ様…?…あ…ハクオロ様…」

「おはよう、サクヤ。クーヤも…」

考え事をしているうちに、どうやらずいぶんと時間が経っていたようです。

いつの間にかハクオロ様が、そこにおられました。

「……おろ〜…」
「…………」

座り込んだハクオロ様に、クーヤ様がすりよります。

そしてハクオロ様の膝に頭をのせ、いつものように甘えます。

ハクオロ様はとても…とても優しい目をなされて、
何も言わずにクーヤ様の髪をなでます…


「〜〜〜…ん…」


しあわせ、なのでしょう。

目をつぶって、気持ちよさそうにしているクーヤ様…


……ほんとうに、しあわせそうで……


「…………」


あたしは少し……うらやましい、と思いました。



(いけない…そんなことを思っちゃ…)

あわてて、かぶりを振ります。


……しあわせな、情景。

ハクオロ様がいて…クーヤ様が笑っていて。


でもあたしは……その情景に足を踏み入れることが、できませんでした。

ハクオロ様が帰っていらしてから…いいえ、そのずっと前から。

ずっと…思っていたことがあります。



あたしはこの方に…何をしてあげられたのだろう、と。



あたしはこの方の側室で…でも室らしいことはなにもせず…

この方が悩み苦しんでいるときに
…あたしは何を…してあげれたのだろう。

その答えが見つからない限り、そこに行ってはいけないと、
いつしかあたしは、そう思うようになりました。


だから、再会してから、
あたしはずっと、ここにいます。


クーヤ様の幸せなお姿を見ながら……ずっと…





「サクヤ」

ハクオロ様があたしの名を呼びます。

「……っ!…はい」

あたしはあわてて返事をします。



呼ばないでください…その優しい声で…


求めないでください…その瞳で…


甘えて…しまいたくなります…




「……サクヤ」


…………ひきょうですよう…そんなの…


ことわれないじゃないですかぁ……



「……おいで。」


……ほんとうに…ほんとうに不思議な方ですね、ハクオロ様は…

全部わかってる、と言っているような瞳をして…

全部任せていいような気に…してしまうんですから…







































結局。
あたしの決意はハクオロさまの誘惑に負けてしまい…


「…………」

「…ん〜……」

「………はぅ…」


こんなじょうたいです…。

……………………

…ああ、もういいです…

大事なのは『これまで』でなく、『これから』ですよね…

これから……ハクオロ様のお力になれれば…いいですよね…


それに……

「……ハクオロさま」

「ん?なんだ?」


「あたし、ハクオロさまの『室』に入れていただけてるんですよね?」

「あ…ああ、ま、まぁそうだな」


そうですよね…これから、ですよね。


「さ、サクヤ?それが、どうかしたのかい?」

「いいえぇ……なんでもないですっ」

なぜかあせっているハクオロさまをよそに、
あたしは頬を膝にこすり付けました。


「さく〜?」

「…んふふっ」








しあわせです。
…あたしも、クーヤさまも。





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