「…………ふぅ…」
森の道を行く馬車の中で、独り、ため息をつく。
ガタゴトとゆれる馬車の音に、何気なく耳を澄ました…
『ため息』
〜ウルトリィ〜
ようやく…トゥスクルの国境。
皇都まではまだしばらくかかる。
それがもどかしく――
いえ、それがすべての原因というわけでもないのだけれど――
私は最近癖になったため息を、ついていた。
「…………はぁ…」
幸い…といっていいものか。
今、私の周りには誰もいない。
御者はほろの向こうで、護衛の方は馬で馬車を囲ってくれている。
…本当は、ここにも護衛が必要なのだろうけれど、私がそれを断った。
せっかく手に入れた久しぶりの自由な時間…
ゆっくりと物思いにふけりたい、と思ったからだ。
だから、今回はムントもおいてきた。
…本当の理由はもちろん言えないので、
表向きは私の代理、ということにしている。
「…………ふふっ」
今の私の様子を見たら、
間違いなく説教をはじめるであろう彼の姿を想像して、
軽く笑みがこぼれる。
『姫様、はしたないですぞ!賢大僧正たるものいついかなるときも……』
…ムントはいまでも、私のことを『姫』と呼ぶ。
まぁ、あれからまだそれほど時がたっているわけでもなく、
それにそう呼ばれたほうが私も落ち着くので特に注意する事はしないけれど。
でも、公の場でもそう呼ぶのは、直してもらった方がいいだろうか……
「…………」
今の私は、賢大僧正。
オンカミヤムカイの統括者。
…この身一つさえ、自由にならない立場。
……あの方が帰ってこられたことを知っても、すぐに動けないほどに……
「………ふぅ…」
正直、カミュがうらやましいと思う。
ユズハ様が亡くなられてから、國師代理の任も解かれ、
今は重責を担っているようなこともない…
そのかわり、オンカミヤムカイに戻らねばならなくなったけれど、
それでも頻繁にムントの目を盗んでは、トゥスクルに行っているようだった。
聞けば、あの方が戻ってこられて、
人前に姿をあらわしたとき、その場にいたそうで…
「…………」
そういえば、と。
あの方はエルルゥ様の故郷に姿をあらわしたのだ、と聞く。
……それはあんまりではないか。
トゥスクルを離れることになったとき、
何度賢大僧正の役職を返上しようと思ったことだろう。
とどまりたい、と思う自分を必死にごまかして…
あの方が今眠る地に行くのだから、と…
もしもあの方が…万が一にでも目覚められたら、
初めに会えるのは私だ、と……そう考えていたのに。
「…………はぁ…」
いけない。
こんな沈んだ顔をあの方には見せられない。
…優しいあの方のこと…きっと、私の様子に心をくだかれることだろう。
優しく……接してもらえるかもしれない。
支えて、もらえるかも知れない。
…………それは、とても、魅力的だけれど。
けれど…それは私の本意ではない。
あの方には支えられた分…今度は私が支えになりたいのだから。
きっ、と気を引き締める。
…………けれども、すぐに……
「…………はぁ…」
やっぱりため息。
私のその望みを叶えることは、きっと、難しい。
…今の私に許された時間は、ほんの数日。
ほんの、わずかな逢瀬に過ぎない……
今回の訪問も、ほとんど無理やりぎみの理由でとりつけたのだ。
小国同士の戦が続く中、ほとんど唯一ともいっていい、
大国トゥスクルの皇の帰還。
『調停者』が『調停者』たるために、その後ろ盾は必要。
その結びつきをより強くするための、今回の訪問……
今の私は、そんな理由を用意しなければ、
愛する人に会うことすらできないのだ…
「…………はぁ…」
あるいは、この身がカルラなら。
彼女であれば、どれほどいいか……
飄々としながらも一途な彼女のこと。
あの方の帰還を聞けば、
この地上のどこにいようともとんで帰ることだろう。
そして思うがままに、愛しい人の腕に抱かれるのだ。
………………
「…………駄目ですね、私は…」
…………こんなにも。
こんなにも私は、弱かっただろうか。
…こんなにも私は、わがままだっただろうか。
エルルゥ様の存在が。
カミュの立場が。
カルラの自由さが、うらやましい…。
「……ハクオロ様…」
伝えたいことがたくさんあります…
あれから私がどう過ごしたのか……
「…ハクオロ様……ハクオロ様……」
知っていますか?
戦で親を亡くした子等のために、
その子等を引き取る場所を作ったのですよ。
知っていますか?
いくつもの国の間に立って、戦の悲しさを説いたのですよ。
知っていますか?
貴方を想い、眠れぬ夜があるのですよ。
知っていますか?
月を見上げては、貴方の姿を瞼に映すのですよ……
知っていますか…?
知って、いますか……?
「ハクオロ様…………ハクオロ……」
貴方のせいですよ。
私がこんなにも弱いのは……
貴方の肌のぬくもりを…
私に教えてしまった貴方の…
「…………ハクオロ…」
ああ、だから、…ちゃんと責任は取ってください。
その腕で、抱きしめてください。
その声で、名を呼んでください。
その心で、愛してください……
「…………はぁ…」
…………なんて。
そんな事を口に出せたら、どんなにいいでしょう。
でも…………私はそうはなれない。
きっと、貴方の前では平然と、微笑を浮かべているでしょう。
きっと、玉座の前で、形式ばった言の葉を、唇にのせている事でしょう。
だから、私は多くは求めない。
ただ…ただ…もう少し。
できるだけ多くの時を、一緒に過ごしたいと願います……
「…………」
………………………………
「…………子でもなせれば、ずっと共にいられるでしょうか……?」
………………………………
………………………ぽっ(赤)
………………………………
「…………はぁぁ…」
…………性格、かわってきたかしら……?
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