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「しばし、またれい!!」
「ぬ?」
高い声に、男が振り返る。
何事かと見れば、そこには幼い女の子。
大き目の男物の着物。
腰に差した小振りの木刀。
さながら、一端の剣士の様でもあった。
「きでん、かのなだかきもののふ、
げんじまるさまとおみうけいたす!」
「……いかにも、某はゲンジマル。
して、何用か?」
…これは、昔の話。
「ここでおあいしたのもなにがしかのえん。
ぜひ、おてあわせねがいたい!!」
「…………………」
「…………………」
「フ……フフ……ハーーッハッハッハッ!!」
「なにをおわらいになられるか!!」
「いや、これは失敬。
小さき剣士殿。名を、名乗られよ」
とある里での、思い出話………
「ちちはうんけい!はははかすみ!!
それがしは、なをとーかともーすっ!!!」
『思い出』
〜志標〜
「…………ふふ」
人形を磨きながら、笑みがこぼれる。
ふ、と昔のことを思い出したからだ。
父上やゲンジマル様に憧れて、
自分も武人になりたくて、
木刀片手に走り回っていたあの頃……
「……そういえば」
と、思う。
自分が武人を志したのはいつだったか。
ゲンジマル様に会ったときはまだ、
それはただの憧れであったように思う。
では、いつ――
「…………ああ、そうか」
思い出した。
手の中の、武士の人形を眺める。
……確か、あれは――
――幼き頃の話になる。
某の父ウンケイは、里ではそれなりに名の通った武人であった。
義に生き、義に殉ずる。
そんなエヴェンクルガの生き様を
体現するかのように剣を振るい、旅をする。
めったに里に戻らぬ父の話を伝え聞くごとに、幼心に憧れ、
父のまねをしては木刀を持ち出し、剣士を名乗り遊ぶ…
そんな幼い時分の事。
ゲンジマル様にお会いしたのもこの頃であり、
父と並んで某の最も尊敬するこの方との邂逅が、
某の武士の道への憧れに拍車をかけていた。
その邂逅の翌日に、父が戻ってきたのは、
あるいは運命だったのかもしれない……
「トウカ」
「ちちうえ!!?」
呼びかけられた声に振り向けば、そこに見知った顔があった。
手にした木刀を振るのもやめ、父のもとへと駆け寄る。
「おもどりになられていたのですか!?」
「うむ、先ほどな。
……久しいなトウカ。父の顔を覚えていてくれて嬉しいぞ」
父が、破顔する。
旅から旅へ。
そんな生き方をする父とは、顔をあわせることが少ない。
この時も、以前に会ったのはどれくらい前のことであったろうか……
「わすれることなどありませぬ!
とーかはちちうえがすきでございます!!」
「はぁっはっはっ!!嬉しいことを言ってくれる。
…ほら、トウカ。土産だ。」
と、懐から人形を取り出した。
細かく動く、武士の人形だ。
それを見て、某は満面に笑顔を浮かべると
「ちちうえ!!とーかはうれしゅうございますっ!!」
言って、人形を手に取り、走り出した。
はしゃぎまわる某を見つめる父の目は、
とても優しかったことを、覚えている。
……と、そんな父の後ろから
誰かがくすくすと笑う声が聞こえた。
「まあ、あの様にはしゃいで」
「おお、カスミ」
母のカスミである。
「…人形でございますか?」
「うむ、旅先で人形師に作り方を習ってな。
巷では流行のものらしいぞ」
「まあ、うらやましい」
といって、また、微笑む。
母の笑みは美しく、
某はそんな母を見るのが好きだった。
「フフ、すまぬな。
お前にも土産を用意するべきであったか」
「……いいえ、わたくしはこうしてあなた様が
無事に帰られるだけで満足でございます。」
今度は少し、寂しげに笑う。
……母は、知っていた。
父の旅の目的を。
それは、仕えるべき主君を探すこと。
己の命を賭すべき主に出会うこと。
今はまだその者と出会えてはおらず、
旅先にて剣を振るっては里に戻る日々が続いてはいるが、
もし目的が果たされれば、父はここに戻ってくることはない。
……その覚悟のままに命を賭したとすれば、もう二度と。
今思えば、母は強い女性であったのだろう。
戻らぬかも知れぬ夫を待ち、
一人で子を育て、家を守る。
とても辛い事であったはずなのに、
某はついぞ一度たりとも、母の恨み言を聞くことはなかった。
「…………すまぬ」
残される家族の心情を慮り、父は一言だけ謝った。
母は答えず、微笑むばかり。
未だにはしゃぎまわる某を、
二人して眩しげな瞳で眺めていた……
さて、時は流れて夕刻。
「……今日は、ずいぶんと機嫌が良かったのだな」
父がそんな事を呟いたのは、
夕餉も終わり、くつろいでいる時のことであった。
誰の機嫌が、とは言わなかったが、
それは言わずともわかることでもある。
「何か、良い事でもあったか?」
「はいっ!!ちちうえっ!!
あさ、げんじまるさまに、てあわせをしていただきましたっ!!」
「…ほう、ゲンジマル殿が戻られておるのか」
「はい、昨日。
明日にはまた出られるそうでございますが」
「そうか、なるほどな。
後で酒でも酌み交わしに行くとしよう。
久方ぶりに語り合うのもよかろうしな。」
父はゲンジマル様とは仲がいい。
いつからの付き合いかは知らないが、
近くにいればこうやって度々酒を飲む。
そんなときの父はとても嬉しそうであった。
「……しかし、『手合わせ』とは。」
微笑みのままで父上は言う。
実際は、軽く剣術の真似事をして、
遊んでいただいただけであったが、
当時の某にとってはそれはやはり、『てあわせ』である。
そんな某の表現がおかしくて、
父はいっそう笑みを深めた。
しかし、母は複雑そうな表情をして…
「わたくしは心配でございます。」
と言う。
「ん?何がだ」
「トウカは娘子なれば……
このまま育てばいずれ里を出ると言い出しかねませぬ。
女子が里を出るという意味、ご存知でございましょう?」
「む……」
元服を迎えた者は里を出ることが許されるが、
それが男と女では少し、意味が違ってくる。
元来、血筋と言うものは
母筋の血を色濃く受け継ぐと言われている。
故に里を出る女と言うのは、
里に新たな血を呼び込むことを期待されることになるのだ。
少数民族が故、その期待のほどはいかばかりのものか。
「わたくしは心配でございます」
もう一度、母は言った。
……その時。
「ちちうえ、ははさま!」
「ん?どうしたトウカ」
某は黙っていられずに口をはさむ。
何を言ったかといえば……
「とーかはおのこにございます!
そのようにおそだてくださいませ!!」
「……………………」
「……………………」
きょとんとする二人。
やがて。
「く……はっははっはははははっ!!」
「笑い事ではございません!
トウカ、そのような……」
「くっくっ……
よいではないか。
これはよい跡継ぎができた!
はーっはっはっは!!」
「もう……」
ひたすら笑う父に、真剣なまなざしの幼い自分。
母は一人、深くため息をつくのだった。
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