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…………
「よいか、トウカ。」
「はい、ちちうえ」
「里をでるのであれば、強くならねばならぬ。
力なき者を救うには、その力を補わねばならぬからだ。
だが、力だけでは人は救えぬ。
……トウカ、多くのものを学べ。
様々な考え方を知れ。
そして何より、心を鍛えよ。よいな」
「はいっ!!とーかはこのもののふのひとがたにちかいます!!
こころざしをわすれぬりっぱなもののふになると!!」
「うむ!よう言ったぞ。トウカ!」
――某がたてた最初の誓い。
武士になる。
武人となり、父やゲンジマル様のようになる、と。
……憧れが、目標に変わった瞬間だった――
『思い出』
〜成長〜
その後、父はしばらくは逗留していたが、
その内にまた、旅にでた。
……家にいた間に、多くの教えを某に残して。
それからというもの、某は本格的に修行に励んだ。
父の残した書を読み。
剣を学び、体を鍛える。
そして父がたまに戻ってきたときには、
魚などを釣りながら、旅の話を聞いた。
話の中から学ぶことは多く、
なにより、父と過ごせるその時間は
某が最も好きな時間になっていった……
「……しかし、驚きました。
しばらく戻られませんでしたから、
もう戻られないかと。」
「戻らぬ方がよかったか?」
「そ、そんな!その様な事、思うはずがありません!!」
「フ……ハッハッハッ!!」
意地悪く言って、笑う父に某は慌てて言い繕う。
…幾度目かの再会を果たした後。
今は親子そろって近くの河川へ出かけ、
談笑がてらに釣り糸をたらしているところである。
「……精進、しているようだな。
迷いのない、よい太刀筋をするようになった」
「はい、父上が旅立たれてから、
父上の教えを反復し、腕を磨いておりました」
それを聞いて、父は今度は満足そうに笑う。
「うむ、それでいい。
だが、まだまだ甘い部分もある。
よりいっそう励むといい」
「はい……」
いつものやり取り。
いない間の鍛錬の成果を見てもらった後、
ここでこうして評を聞く。
某にとって楽しみな時間でもあり、
それは同時に寂しさを感じる時間でもあった。
………父に直接稽古をつけてもらいたい。
そんな思いが、あったから。
しかし、結局某はそれを言うことは無かった。
なぜなら、それは父を引き止めるということ。
……子供心に、父の足かせにはなりたくなかったのだ。
「……して、父上。
今度の旅はいかがでございましたか?」
「……戻ってきた、ということでわかっているとは思うが、
今回も、主にふさわしきものはみつからなんだ」
と、苦笑いする。
「しかし、そのかわりに面白き男に出会ったぞ」
「面白き男、でございますか?」
「……愚皇の統治する、悪政酷き国にて出会った男でな。
親はとうに居らぬらしい。
気性は荒く、言動も粗野で、獣を思わせる雰囲気をまといながら、
その目はただただ真っ直ぐで、性根は優しき男だ」
話しながら、苦笑いが本当の笑みに変わった。
「…随分と、楽しそうですが。
何かおありになったのですか?」
「ふふ。その男にな、戦い方と、武士の心得を教えたのよ。
………あれは名のある武人になる。
次に会ったとき、どれほど成長しているかが楽しみで、な」
「……もしや、今回の旅が長くなったのは…」
「うむ。その者の鍛錬に付きおうておったら、いつのまにやらな。」
「…………………」
うらやましい……。
うかんだ嫉妬を、押し殺す。
「それだけではない、もう一人。」
「…それは?」
「皇城にて出会った漢だ。
あの者、歳若くして、すでに武人として成っておる。
しかも、その心。
我らも学ぶところが多いぞ。」
表情を引き締めて言う。
「その者に会って、つくづく思ったことはな。
激情にて剣を振るってはならぬ、ということだ。
…………わかるか?トウカ」
「それは……太刀筋を乱さぬよう、
心を落ち着けよ、という事でしょうか」
父は首を横に振る。
「そうではない。それは水の静けさよ。
……その漢は氷の冷たさをもって、己が感情を凍らせ、
激情にとらわれず、悪漢をあえて斬らぬことで人を救っておった」
「…………わかりませぬ。
何ゆえ悪漢を斬らずして人が救えましょうか」
某は困惑していた。
悪漢は、人を傷つけるが故に、悪漢であるのだ。
捨て置けば、傷つく者が増えるだけではないか。
「まだわからぬか……それもまあ良い。
いずれ、わかる時もこよう。」
「……………………」
「……そうだな。
これだけは覚えておけ。
『振るう剣には、常に重さがある』」
「それは…一体…………」
「…しかし、惜しいな。
あの者ならば主と仰いでもよかったやも知れぬが……」
――結局、某の疑問の答えはそれ以上
父の口より語られることはなかった。
だが、それもまた、いつもどおり。
父の話に一喜一憂し、語られた言葉の意味を必死に考える。
己で辿り着いた答えにこそ意味がある、とは、やはり父の弁だった。
『激情で、剣を振るってはならない』
この事が、身にしみて理解できるのはこれよりもずっと後……
あの、クッチャ・ケッチャでの時に…
…だがそれは、今は、別の話。
――人を初めて斬ったのは、まだ元服前のとき。
その時は珍しく……本当に珍しく、野盗が里を襲った。
……エヴェンクルガの里を襲えば名があがると考えた馬鹿者達……
返り討ちにあい、全滅した、哀れな者達。
その時初めて、某は……
「……………っ!!」
ガキィッ!!
鈍い音とともに、斧の一撃を受ける。
とっさのことであったから、衝撃までは消せなかった。
後ずさり、よろめきそうになった体を必死に立て直す。
……刀が折れなかったのは、僥倖だった。
「………………」
厄介な相手だった。
有利になっても、ニヤリとも笑みを浮かべない。
悪漢にありがちな、下卑た態度など、微塵もない。
……もともとこの里を襲おうなどと考えた時点で、
ある程度の覚悟はしていたのだろう。
その点は、動機さえ不純でなければ、
立派な武人と評価してもよかった。
「……………………」
「……………………」
互いに隙を探り、対峙する。
敵は一人。
後は他の皆が戦っている。
……一対一になれたのは、運がいい。
そして、相手の腕はそれほどでもない。
…その時、某はそう感じていた。
そしてそれは、けっして間違いではなく、
相手は確かに、技は未熟であった。
しかし、おされている。
その原因は、心にあるためらい……
人を斬ることに感じる、抵抗のため。
「……………………フゥッ!!」
「っ!!」
野盗が動く。
某も、それに会わせて後の太刀を振るわんと身構える。
……さきほども、相手の隙はあった。
そこに斬りかかろうとして……刀が止まった。
そこに斧の一撃。
ずっと、その繰り返しだ。
「でああああぁっっ!!」
「くっ!!」
振るわれた斧。
受け止めることはせず、受け流す方向に体を動かす……
……だが。
ドガァッッッ!!
「ぐっ!!」
体をそのまま当ててきた!
小柄な体は簡単に吹き飛ばされる。
敵の動きは止まらない。
間をつめ、倒れかけた某に容赦なく一撃を……
「う…うわああああああああああああああっっっっっっッ!!!」
……その一太刀を、どんな体勢で繰り出したのか、わからない。
ただ、相手の斧は対象をとらえることなく素通りし、そして。
じゃぐっっごぎり……
「……っ!!」
自分の刀が相手の肉に食い込み……
肉を斬り、骨を断つ……
その一部始終の感触が。
腕に、伝わった。
「……っはあっはあっはあ…」
返り血を浴びた体。
むせかえる血のにおい。
「ぐ……げぼ!」
たまらず、胃の中のものをぶちまける。
……腕に残った感触が、いやだ。
目の前の躯の、虚ろな目が、いやだ。
いやだ………
………いやだ………
人を、殺した……
この手で……殺した……
……いままで、幾度も、命を奪う行為はしてきた。
獣を狩り、その肉を食す。
その営みは、繰り返してきた。
だが、これは……
これは……なんだ。
この、どうしようもない、不快感は……
……………………
……………………
ぼうっとする。
…遠くで、音がきこえる。
金属音。
…つばぜり合いの音。
「…………いかなきゃ……」
立ち上がる。
「……皆、戦っている…………」
ふらつく体を、必死に支えて。
……戦いが終わったのは、それからしばらく、後の事であった…
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