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……………………
「なにを、しているのです」
「………………」
「いつもの稽古もせず、
部屋に閉じこもり、なにをしているのです」
「……母様…………」
「…………」
「…………」
「あなたの――あなたの誓いはその程度なのですか」
「……っ!」
「誓ったのではなかったのですか、あの武士の人形に」
「…………………」
「……父上のようになると、誓ったのでしょう」
「…………はい……」
「…たてますね?」
「……はい、母様……」
「…………………トウカ…」
「母……様……?」
「…………トウカ、今は許します。
…………お泣きなさい」
「………………………」
「……この胸で、お泣きなさい……」
「……………母様……」
「……………………」
「う……うあ……うわあああああああっっ!!」
「……………………」
「こわかった……こわかった!!母様……母様っ!!」
「………大丈夫……大丈夫です…」
「……っ……うっ……うっ……」
「……あなたは私の子。ウンケイの子……
だから、大丈夫……大丈夫……」
………………
――怖かった……
何より、世界が変わってしまったようで。
…今まで憧れてきたものの、その現実。
……結局は、その頃の某はまだ、子供だった。
夢の中で生きていた、そんな時分。
現実を知ったとき、それが壊れてしまったようで……
あの時泣けて、よかったと思う。
でなければきっと……
……刀を、捨てていたかも、知れないから。
『思い出』
〜後継〜
それから程なくして、某は元服をむかえる。
……物事には、きっかけというものがあるもので。
某は元服を迎えてすぐに、旅に出たわけではなかった。
…きっかけは、あの時。
父が、負傷した体で、戻ってきたとき――
「…………父上、大丈夫でございますか?」
「…うむ…問題ない」
父は、そう言う。
床に横たわり、視線を某にむけて。
「…薬師殿は命に別状はないと言われておりましたが……」
「はっはっはっ!まだまだ死なんよ……。
このような怪我などすぐに治る!」
「はい……しかし」
と、父の右肩に目をむけた。
父もまた、自分の右腕の“あった”場所へと目を向ける……
そう……父は、右腕を失っていた……
「これか……腕の一本や二本、と言いたい所だが…」
「……………………」
「…次の旅からは苦労しそうだな」
「!!」
「あなた様!まだ旅をされると申されるのですか!!?」
とんでもないことを言った父に、母が噛み付く。
「……私はまだ、目的を果たしてはおらぬ」
「だからと言って……!!」
「なぁに、左腕はこの通り、無事なのだ。
刀を振るうのにもすぐに慣れよう」
「!!……っ!!!」
あっけらかんと言う。
母は何かを言おうとして、怒りで言葉が出てこない。
「いいかげんになさいませ!!」
と、ようやくそれだけ言うと、部屋を出て行った…
「………………」
「………………」
「……やれやれ、怒らせてしまったか」
「…無理もないかと。
……それはあまりに無茶でしょう、父上」
某は静かに言う。
だがその心情は、母とどれほど違うものか。
「お前も……やはり止めるか」
「当然です。
……ただ旅をするだけなら良いでしょうが、
父上は目の前の厄介事を避けて通れぬ性分ゆえ」
「……………………」
「思い直しください」
いざとなれば……いざとなれば実力でもって止める。
片腕となった父であれば、今の自分でも止められる。
…そういう思いがわかる目を、某はしていたと思う。
それに気づいたか…
あるいは最初から、旅立つつもりはなかったのか。
あきらめたように父は、ため息をついた。
「……………無念よな」
呟く。
「……ついに、目的を果たすことができなかった。
なんとも、情けないことよ……」
「…………父上」
…初めて見る、弱気な父。
記憶の中の父上は、いつも笑っていて。
こんな父上は、見たことがなくて。
……このまま、消え去ってしまうのではないかと思えた。
だから。
「……父上。
お聞かせくださいませぬか。
…父上の旅は、何を求めてのことであったのでしょうか」
「……それを聞いて、なんとする?」
「……某が、継ぎまする」
……そう言った。
「某が父上の意志を継ぎ、目的を果たして見せます」
「……………」
「……………」
父はしばらく黙っていたが、
しばらくして、ゆっくりと微笑む。
「そうか……継いでくれるか」
「……某を、跡継ぎと言ったは父上でございましょう?」
「はぁっはっはっ!!覚えておったか」
軽く笑いながら、言った某に、豪快に笑う父。
やがて、どちらからともなく表情を引き締める……
「……トウカ、そなたエヴェンクルガの生とは何か、答えてみよ」
「……様々な形はあれど、義に生き、義に殉ずる。
それがもっとも根本でございましょう」
「うむ……では、問う。
エヴェンクルガの義とは何か?」
「それは……」
言いよどむ。
それは、感覚としてとらえてはいても、言葉にはしにくい。
それでも、なんとか言葉をまとめた。
「……それは、人を助ける道と、考えます」
「……………………」
「誰かのために振るう剣こそ、エヴェンクルガの生であると」
「……だが、そのために、我らは人を斬る。」
「…………」
「一人のものを救うために十の者を斬ることもあろう。
……それが生の形であるなら、なんとも罪深き生よ」
言った父の瞳は、深い。
「トウカ」
「……はい」
「旅の目的はな、夢物語よ」
「夢……でございますか?」
頷く。
「人を斬る。
これこそが我等の生。
……なればせめて、一を斬りて千の者を救いたかった……」
「……父上……」
「永く主をさだめず、
理想の主を求めたのも、それの延長」
「……………」
「それは個で剣を振るっていては、決してできぬ事。
故に辿り着いた答えがな、千を救える者を主とし、守る事であったのだ」
「……………………」
「トウカよ。
我が意志を継ぐというのは、
この夢を継ぐということ」
見つめあう、互いに。
「……我が想い、心にとどめたか」
「…はいっっ!!!」
……こうして、某は父の意志を継いだ。
旅立ちの決意を、母に伝えたのはそのすぐ後…
母は……母様は、反対は、しなかった。
……けれど、賛成もしなかったところに、
母の心を見た気がしていた…
……旅に出たのは、その数日後。
見送りは、母一人だった。
父は『必要なかろう』の一言で、
父上らしい、と笑ったのを覚えている。
……某は里を後にし、振り返りはしない。
思い出はすべて、“ここ”にある。
…懐にしのばせた人形を、ポン、とたたいた……
そして……時は流れ……
「…………」
某は今、ここにいる。
……道中、辛い事もあった。
楽しい事もあった。
多くの人と会い、多くの人と別れた。
そしてあの戦があって……
「わからぬものだな…人のさだめとは」
贖罪のために仕え始めた主が、
真に求めていた主であったとは……
運命とは、おかしなものだ……
「………ウカ」
「……………………」
「…………トウカ!!」
「!!はっ!!」
名を呼ばれて我にかえる。
思考が深くなりすぎて周りが見えてなかったらしい。
……振り返ればいつの間にか、聖上が部屋の中に来ていた。
「せ、聖上!!これは失礼を!」
慌てて、立ち上がる。
「……もうお起きになられて大丈夫なのですか!?」
「ああ。……と、言うよりこれ以上寝ていたら
いつ何を盛られるかわからんしな…」
「?」
「……看病の間はずっと一緒にいられると……
……ああ、いや。なんでもない」
「……はぁ」
「そ、そんなことよりも、だ」
と、聖上の後ろから、アルルゥが顔を出した。
「アルルゥがな、蜂の巣をとったから、
といって持ってきたのだが…」
「そうでしたか。
それはありがたい」
「……………」
某はアルルゥに合わせて腰をかがめるが、
何故か聖上の後ろから出てこない。
「ほら、アルルゥ」
聖上が促すが……
「…………」
某をじっと見つめるばかり…
そして。
「トウカお姉ちゃん……」
「?」
「…一人で人形にむかってブツブツ言ってた。
……こわい」
ぴしっっっっ!
固まる。
「…………聖上ぉ……」
「…………ああ、いや、すまん。
実は、私も……少し引いた」
びきびきびきっっ!!
何かにひびが入る音がする。
「………………」
「………………」
「………………」
「……………ク」
「ク?」
「クキーーーーーーッッッ!!」
「いかんっ!!アルルゥ!!」
「逃げる。」
どたどたと、走り回る三人。
それもまた、思い出の一つ。
そんな光景を、武士の人形が、じっ、と見ていた……
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