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今夜の番組チェック




……極秘。

そう書かれた本がある。

まだまだ紙が一般的でなく、
高価で貴重なこのご時世に、
他に類を見ないほど分厚い本だ。

これは、その本のごく一部を抜粋したものである。









『そんな一日』









――記録・ドリィ――


早朝。


日が昇りきらない内から僕は起きだす。

隣にはグラァ。


まだ、寝ているようだ。

僕の方が朝は強い。


夜?

……夜に強いって、何?


起きたばかりの頭に、わけのわからない単語が浮かぶ。

起きぬけの頭を覚ますために、
水を浴びに水場に行った。


「………あ、ドリィさん。おはようございます」

「あ、エルルゥ様。おはようございます」


エルルゥ様とばったり出くわした。


……エルルゥ様も朝は相当に早い。

朝議の前に皆さんの食事を作ったりなさるからだ。


あの人数。

加えて、食の太い人達が幾人もいる。

それを三食、時にはお茶の時間も含めて
世話をなさるエルルゥ様には、本当に感心する。

更に驚いたのは、まとめてつくれるような献立の場合、
皇宮に詰めている衛士達の分までつくって、配って回るのだ。

さすがに、そんな時には配るのに手が足りず、
僕やグラァ、遅れて起きてくるアルルゥ様や
ウルトリィ様が手伝うことになるのだが。


「これから水場ですか?」

「はい。目を覚まそうと思って」


などと簡単に会話を交わしつつ、すれ違う。

まるで皇宮じゃなくて、どこかの集落にいるみたいだ、
というのはいつも思うこと。

……皆、それが気に入っているんだけど。







…水を浴びて、目を覚ました後、夜着からいつもの袴へ着替える。

そうこうしている内に、グラァが目を覚ました。

とりあえず、挨拶をしておく。


……たぶん、グラァは覚えていないと思うけど。


「ん〜〜……どりぃ?……ふやぁ……」

「…………おはよう」


……どうしてこんなに朝が弱いかな?

これで有事の際には、パッと覚醒するんだから不思議。


まあ、それもいつものこと。

そんなことよりも今朝は大事な用がある。

今日は、僕の番だ。


……若様を、起こしに行くのは。







「若様。失礼します」


部屋の前でそう言ってから、
すっと音をたてずに若様の寝室へ入る。

この時は、いつも返事を待たない。


……だって寝てるんだもの。返ってくる筈がない。

一度着替え中に出くわさないかな、と思うけど、
残念ながらそれは今まで一度もなかった。


「若様。朝の修練のお時間です」

そう言って、若様のお側に………


「…………………」

…………

……………はう。

あ、いけない。

若様の寝姿に見惚れて、
起こすのを忘れそうになった。

さすが若様。
寝姿も見目麗しく………


と、また。

いつもこれで時間をとってしまう。

この日も結局、若様を起こせたのは、
それからしばらく経ってのことだった。
















――記録・グラァ――

朝。

若様の修練に付き合う。

僕はいつもの袴姿で、ドリィと一緒に広場にいた。


「…………ハッ!!」

朝の光の中、二刀を手足のように振るい、空を切り裂く。

さながら舞のようなそれは、
小さい頃からの僕の憧れの姿であり、
僕が最も好きな若様の姿の一つだ。

何度も何度も、
それこそ数えられないほど目にしてきた光景だけれど、
見飽きることは、たぶんない。

僕はずっとずっと、この姿を見続けていきたいと思ってる。

それは、たぶんドリィも一緒。


「…………フゥ……」

若様が剣舞をとめ、息をついた。

とりあえず、早朝の修練はこれでおしまい。


もともと、今日一日が始まる前の準備運動みたいなもの。

そんなに本格的な事はしないんだ。


「さて、今度はお前らだな」

「「はい」」

さあ、次は僕達の番。

若様に言われて、僕達は短刀を構えた。


……べつに若様のように剣舞を舞うわけじゃない。

短刀の扱いを、若様に習うだけだ。


弓兵だからといって、剣をおろそかにするととんでもない目にあう。

懐に飛び込まれたとき、僕達は一気に無力になるから。

だからとっさに自分の身をかばえるよう、
短刀の扱いだけはしっかりやっておく。

……もちろん、それで敵を倒せればいいのだけれど、
下手な反撃は禁物。

目的はあくまで自分の身を守ること。
それを第一に考える。


って、若様に言われたことなんだけどね。

そんなこんなで、朝の修練は終わりを告げた。








修練の後、朝食が終わればあと少しで朝議になる。

いつもなら穏やかに過ごす時間だけど、
今日は若様が不機嫌なので、何とかなだめようとてんやわんやだった。


……カルラ様、いい加減食べ物を横から取っていくのやめてください。

毎度毎度、食事の度に争そう若様とクロウ様も、
問題あるといえば問題あるんですけど。


そして、朝議。

エルルゥ様が報告を読みあげていく。


……うん、そう。

この後は恒例の鬼ごっこ。


「あ〜〜る〜〜るぅ〜〜〜っっっ!!!」

「きゃっほう♪」


……なんだか最近アルルゥ様も逃げなれてきたみたい。


これが、この皇宮の朝の名物。

……兄者様が戻ってらしてから、復活した名物。


やっぱり、この賑やかさがあってこそのトゥスクルなんだと思う。

兄者様がいなかったあの日々に比べれば、俄然、活気が違うもの。


……なにより、若様が楽しそうに笑っているのが、
僕にとっては一番嬉しいことだった。














――記録・ドリィ――

昼。

朝の内に周辺の巡回やら情報収集をしていたら、
いつの間にかこの時間になっていた。

…昼食までのわずかな時間、
若様と過ごそうとお姿を探す。


「………どこに行ったんだろう……」


皇宮内のどこにも姿が見えられない。

午前中はグラァが若様のお側についていたはずだから、
外にでるようなことになれば伝えに来るはずだ。

だから皇宮内にいるのは確かなのに………


「あ。ひょっとして……」


頭に浮かんだのは食料庫。

ちょうどお腹がすく時間だし、
朝はろくに食べれていなかったから……


……うん。間違いない。


そう思って僕は食料庫に向かった。







…………食料庫が近づくにつれて、
僕の前に誰かが食料庫に向かっているのが見えた。


「あれは……」

今の後姿は……エルルゥ様……


…いけないっ!!


僕は走る。


願わくばエルルゥ様よりも早く食料庫につきますように、と。



若様!若様!

恐怖の暴凶星が近づいていますッッ!!

お逃げください!!若様ッッ!!



「こらぁああああああッッッ!!」


ああ…遅かった……

がっくりとくずれおちた僕の耳に、遠く声が聞こえてくる。



「くっ……逃げ…」

「逃がしませんッッ!!」

「なにぃッッッ!?」

「いつもいつも逃げられると思ったら、大間違いですっ!!」

「な、なんでそんなに素早く動けるんだッッ!!」

「さあ今日こそは、ベナウィさんにきつく叱ってもらいますからッッ!!」

「お、俺が悪かったッ!!だから説教の刑は勘弁してくれぇッッ!!」

「ダ・メ・ですッ!!」


ずるずるとひきずって連れて行かれる若様。

僕はそれを見送りながら、若様の無事を祈るしかなかった……


「……強く生きてください……若様…」














――記録・グラァ――

夕刻。

紅く染まる景色を眺めながら。

僕は昔のことを思い出す。


……若様が、昔は笑わない人だった、
っていったら、皆は信じるだろうか。


あの頃の若様は、危険なほどに思いつめてらして。

…ユズハ様が光を失った責任が自分にある、
と御自分を責めて、責めて。

……だから、あの時の若様は笑うことができなかった。


僕達が、若様の屋敷に拾われたのは丁度その頃。

都を追われた父上様と共に、
森で行き倒れになったところを助けていただいて。

父上様と旦那様との間に約定が交わされ、
親子で仕える代わりにその屋敷に住まわせてもらうことになった。


子供は子供同士、ということだったのだろうか。

僕達は若様を主とするように言われた。


……あるいはそれは、若様のことを心配しての、
旦那様の親心だったのかもしれない。


僕は…そんな事とは関係無しに、若様の笑顔が見たかった。


一目見て、憧れた人だったから。

だから若様には笑ってほしくて、
でも、どうしたらいいのかわからなくて、
とにかく、若様に煙たがられるくらい
ついてまわっていた事を覚えている。



……何がきっかけだったんだろうか。

あるときを境に、若様はよく笑われるようになった。


もし、その事にほんのわずかでも
僕が力になれていたのなら、すごく嬉しい。



そして、今。

もう一度、僕は若様の力になりたいと思う。


「ドリィ」

「わかってる」

「なんとしてでも助けないと……」

「うん。そろそろ若様も限界だと思う」


僕達は、頷きあった。


とりあえず、当面の問題は。


問題は…………



「「……どうやってベナウィ様を説得しよう……」」



若様は、まだ、説教されていた。














――記録・ドリィ――

夜。

若様の部屋で若様の足を揉んでいた時、
兄者様が訪ねていらした。

手には杯。

どうやら晩酌に来られたようだった。


でも。

「すまない、兄者。
 前も言ったように酒はやめてるんだ」

「なんだ、本当に飲まないのか。
 ……たまに訪ねてきた時ぐらい、いいだろう?」

若様は首を振る。


「いや、飲まないと決めたからには
 おいそれとは口にせん」

「頑固者め。……仕方ないな。
 だが、話には付き合ってくれ」


「ああ、いいとも」


……若様が禁酒を志されてから、
もうどれくらいたつだろう。

前はそれでもたまに飲んでいたけれど、
いまではそれすらももうない。

お酒を断たれた気持ちは、なんとなくわかる気はしたけど、
でも、やっぱり僕の心情としては、それはつまらなかった。


以前みたいに三人で飲んで、
騒ぐことはもうできないのかな……


その後、若様達の話に邪魔にならぬよう、
僕は若様の部屋を、そっと後にした。














――記録・グラァ――

深夜。

……若様の、部屋にいる。


今日は共に寝ようか、とのお誘いを、
僕達が断るわけもない。


…………


若様の、布団に入る。

………ああ……若様……



……ああっ!!そんな!!

……若様がっ!!


…………ああ……


…………はう。




…………


























…………

静寂が、訪れた。

聞こえる喧騒もどこか遠く、
ハクオロはただ、立ち尽くす。

手には本が一冊。

表紙には“極秘”の文字。

他に類を見ない、分厚い本。


ドリィとグラァ、二人にあてがわれた部屋で、見つけた本だった。


物珍しさも手伝って、何気なく読み進めていくうちに、
問題の頁にいきあたり、そしてそのまま固まっている。


……最初は、凝った日記だと思っていた。

わざわざ紙を使用して。

……でも。


もしかして。


ヨンデハイケナイモノヲヨンデシマッタノデハ?



「「あ、兄者様?」」

「うどわああああっっ!!」


思いっきり驚く。

いつの間にかドリィとグラァがそこにいた。


「あ!その本!!」

「見たんですか!?兄者様!!?」

といいながら、ドリィが素早く本を奪い去る。


「い…あ…うあ」

「「いくら兄者さまでも、これは駄目です」」

上手く言葉を発せないハクオロを余所に、
二人は本を持って部屋を出て行こうとする。


「「では、失礼します」」

「あ……待った!!」

とっさに呼び止める。


これだけは、これだけは聞いておかないと夜眠れない。


「はい」

「なんでしょう。兄者様」

「……その深夜、何があった」

「「……………………」」


二人は本に目を落とし、

次に互いに顔を見合わせると。


……ぽっ。


一気に赤面する。


「…………」

「「で、では。失礼します」」


再び固まったハクオロをおいて、
二人は部屋を後にした。




残されたハクオロは、
明日にはこの記憶がなくなっていますように、と祈りつつ、
それでも、今は叫ぶのだった。





「一体、何があったんだぁあああ〜〜〜ッッ!!!」







……今日も一日、トゥスクルは平和だったようだ。





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