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「囲い」
「……妙ですわね。」
カルラがそう呟いたのは、
森の中を駆けていた時の事だった。
視線の先にはトウカの背中。
その先には、アヴ・カムゥがいる。
「何故……追っ手がかかりませんの?」
疑問を口にする。
先ほどまでの仮面兵の姿が、今はどこにも見えない。
追わせまいとするのであれば、
幾分かはこちらに人数を割いても良さそうなものなのに。
「それに……」
――それに。
なぜあの鬼人はわざわざ姿を見せたのか。
その様子を詳しく見てはいなかったが、
トウカが気づいた事を確認してから走り出した様な気がする。
と、すれば、この先に待っているのは――
「罠……。」
その可能性が高かった。
あの鬼人は自分たちを誘い出し、罠にかけようとしている。
このまま追えば、そうなるだろう。
……カルラは、それに気付いた。
だが、走る速さはゆるめない。
「……追うしかありませんわ。」
呟きながら、ため息を一つ。
目線の先には、トウカの姿。
彼女が追っている限り、
それを見捨てるわけにもいかないだろう。
「全く、どうしたんですの……?」
思えば、トウカの様子はずっとおかしかった。
砦についてから……いや、砦に着く前から、
なにやら落ち着かない様子だったように思う。
更には邪魔になるとわかっていて、
調査について行こうと言い出した。
いつもの彼女からは考えられない提案だ。
どちらかといえばその手の事を言い出すのはカルラであり、
トウカはそれを止めにかかるほうであろう。
……そして、挙句にこの行動。
「怪しいと、思いませんの……?」
先を行くトウカに、その声は聞こえない。
一方、トウカは。
「…………」
ただひたすらに、アヴ・カムゥを追っていた。
……心にあるのは、焦り。
いまだゲンジマルに追いつけない自分……
戻ってきた聖上の力になれていない自分……
果ては子宝を授かっていないことにいたるまで、
ありとあらゆる焦りが、トウカの心を支配していた。
「…………」
……異常。
そう、それはカルラが感じたとおり。
トウカ自身も、それに気が付いてはいる。
だが冷静に考えれるほど、頭の中が落ち着いてくれない。
いまはただ、ただ、突き動かされる衝動のままに、
身体を動かすのみだった……。
「……っ!森が、終る――!」
走り続けて、いつの間にかこんなところまで来たらしい。
鬼人はすでに、森を抜けたようだ。
その姿を追い、ほどなく彼女も、森から飛び出す。
「――っ」
それまで差さなかった日の光が、トウカの目を刺激した。
だが、足は止めない。
それは本当に、一瞬の事だから。
「……ここは……」
戻った視界に、映る光景。
……両側の岩壁、少しだけ続く一本道。
その先は、開けた場所になっているらしい。
広場の中に、鬼人の姿が見えた。
その姿を確認して、そこで初めて、足を止める。
「……観念したのか。」
動かないアヴ・カムゥの様子に、そう呟きながら、慎重に歩を進める。
――気をつけるべきなのは、物陰に隠れた伏兵。
あの壁の死角に、それがいるかもしれない……。
……それは、差した日のおかげだったのか。
追っている途中にはなかった冷静さが、
ここにきて彼女に戻ってきていた。
……けれどそれは、わずかに遅かったかもしれない。
アヴ・カムゥが、小岩を持ち上げる。
「――っ!!」
こちらに投げてくるかと身構えるが、
鬼人はそれを、上方に投げた。
「……何を――」
「トウカッッ!!」
後ろから、声。
振り返る間もなく、彼女は突き飛ばされる。
――誰かが、体をぶつけてきた。
それがわかったのは、
前に倒れこんでからだった。
一瞬後に、音。
重く、鈍い、凄まじい轟音。
大岩が、振ってきたのだ。
――先ほどまで彼女が立っていた、一本道に。
「――っ!!」
言葉が出ない。
塞がれた道。
あのままそこにいれば、自分は――。
「……間一髪でしたわね。」
「カルラ殿……」
トウカの傍らに、カルラの姿。
トウカはそこでようやく、
自分を突き飛ばしたのが彼女だと気付いた。
「このお馬鹿娘っ!!
道の上の大岩にも気付かないなんて、どうかしてますわ!!」
そう言われて、悟る。
さっきあの鬼人が投げた岩は、
あれを落すためのものであったのだと。
「……かたじけない……」
「……まあ、その話は後にしますわ。
今は――」
カルラは立ち上がり、鬼人に目を向ける。
「――あの木偶の棒をどうにかしますわよ。」
「……言ってくれるな。」
鬼人が喋る。
その声からして、操者は男のようだった。
「……そなたが、この騒動の張本人か。」
トウカも、立ち上がる。
「一体、何が目的なのだ。」
「言わなければわからないか。」
「何……?」
「……ありきたりですけど、私たちの命、とでも?」
問い返すトウカに、カルラが言葉を継いだ。
鬼人が地にさした大剣に手をかけ――
「その……通りだッッ!!」
――それを一気に引き抜く!
トウカもそれを見て、構えを取った。
「何故命を狙う!!」
「言うまでもないっ!!
俺がシャクコポルである事、それが理由だ!!
トゥスクルの要人は、全てこの復讐の牙にて狩るッ!!」
「大した自信ですわね。」
構えを取らず、
ただその得物を肩に担いだ姿で、カルラは言う。
「こんなところに閉じ込めたつもりでしょうけど……」
“こんなところ”。
あたりを囲む岩壁。
観客席のない、円形の闘技場……。
「二対一ですわよ。勝ち目があると思って?」
「ふ……わざわざ罠に飛び込む愚かな女と、
自分が暗示にかけられたことにすら気付かない女など、
物の数ではないッッ!!」
「な――っ!」
「その仰々しい鎧が、私たちに通用すると思ったら――」
カルラが、駆ける!
「――大間違いですわっ!!」
「フッ!!」
打ち下ろされる鬼人の大剣。
後ろに跳び、再び前へ。
カルラがその得物を振るい――
「甘いッ!!」
――振り切る前に刃が返って来た。
横に跳んで避け、再び距離をとる。
「……相変わらず、鈍重な攻撃ですこと。
そんな大きいだけの刃など、今更あたりませんわ。」
「……ぬかせ。いつまでもかわせると思うな。」
挑発しあいながらの対峙……。
「…っ」
……程なく、鬼人が走り出す――
「!!」
――“トウカに向かって”。
「暗示……某と、したことが……」
「ッ!!トウカッ!!」
「――ッ!!」
我に帰った。
――目の前に、アヴ・カムゥ。
「クッ!!」
振るわれた刃を、かろうじてかわす。
転がりながら距離をとった。
鬼人の後ろからカルラ!
その得物が一撃を――。
「ぬぅあッッ!!」
読んでいたのだろう。
鬼人が振り返りざま、大剣を横に薙ぐ。
「――ッ!!」
得物で受けるも、弾き飛ばされた。
鬼人も無理な体勢で剣を振るったせいか、
追い打ちをかけれず。
距離をとり、また対峙の状態に戻った……。
「……すまぬ。」
……謝ったのは、トウカだ。
「……自分を責めるのは後になさいな。
今は、目の前の敵ですわよ。」
「……承知!」
短く答えて、刀を構える。
鬼人は再び、動こうとしていた……。
「……始まった……」
崖の上で、ミトゥが呟く。
眼下の広場を、見下ろしながら。
「それはいいけどよ、旦那。
二人ってのは予想外なんじゃねえの?」
同じように見下ろしながら、
ランダがそんな事を言った。
「しかもあれ、“あの”トウカとカルラじゃねえか!
大丈夫なのかい!? シャクコポルの兄ちゃんは。」
「……死すならばそれも運命。
彼の者にとっては、本望であろう。」
問いかけるランダに答える。
そこにはどこか、恍惚とした響きがあった……。
「……こいつで援護すりゃいいような気がすんだけど。」
言って、傍らの像をぽんと叩く。
口を開けた四肢の獣の像。
表面には、なにやら細かく紋様が掘り込まれている。
「……無粋な。
剣の勝負に持ち込んで良い物ではない。」
「へーへー、わっかりやしたよー。」
「……それに…見よ。
あの者も良い動きをしている…。」
ミトゥに言われ、今一度眼下での戦いを眺めた。
振るわれる剣と剣。
疾る身体と、駆ける鎧。
……確かに、善戦しているようだ。
エヴェンクルガとギリヤギナという、ある意味凶悪な二人に対し、
黒い鎧が互角にやり合っているように見える。
「やっるじゃねえか、シャクコポルの兄ちゃん!!
これならオイラの出番は無しかぁ?」
「…………」
「……?……旦那?」
……返事がない。
不思議に思い、隣を見る。
そこには戦いを食い入るように見つめる、ミトゥの姿があった。
「旦那、だ〜んなっ!
お〜い、きいてっか〜?」
「…………」
「……だめだ、熱中してやがる。このオヤジ。」
悪い癖だ、とランダは思う。
このミトゥ、こういう一騎打ちに類するような闘いに、
ひどく魅せられているところがあった。
一度それに集中し始めると、周りの事など見えなくなる。
……隣にいる、ランダの事すら気付かないほどに。
――まったく、今、森の結界が破られたらどうするんだ。
ランダは軽く、ため息をついた。
ミトゥがこうなると、頼りは森の中にいる“もう一人”だけ……。
「……頼むぜ〜。しっかりやってくれよ〜。
ここまで外野を、来させんなよ〜。」
ランダは森に向かい、そう祈るのだった……。
……薄暗い、森の中。
「ハァ、ハァ……」
仮面兵の囲いの中、オボロは肩で息をしていた。
……あれからずっと戦っているが、
囲いは未だ破れない。
一体どれだけの時間、戦い続けているのだろう。
他の者達も、疲労の色が隠せないようだった。
「チィッッ!!」
襲いかかってくる仮面兵。
また一体、オボロはそれを斬り伏せる。
……相手の強さは、それほどでもない。
あのクンネカムンで襲ってきた仮面兵は、
これよりもずっと強かった。
兵の能力の差は、
仮面に術を施した術師の力の差だろうか……。
「――ッ!」
ほんの少し、思考に気を取られた瞬間、
また一体、別の仮面兵が襲ってきた。
その爪を、刀で受け止める。
……爪と刃。
奇妙な鍔迫り合いをやりながら、
オボロは先ほど切り倒した仮面兵に、目をやった。
……傷が、少しづつ塞がっていっている。
地に伏したまま、まだ動けないようだったが、
それでももうしばらくすると、立ち上がってくる事だろう。
……そう。
強くない相手に、手こずっている理由がこれだった。
……蘇るのだ、この仮面兵達は。
「………っ」
オボロは歯を食いしばる。
どんなからくりになっているのかはわからないが、
このままではいずれ皆倒れる。
退こうにも周りを囲まれていては、
それもままならない。
「殺ぁっ!!」
受け止めていた爪を弾き――
――一斬!
――ニ斬!!
――三斬!!!
「アアアアアアァアアッッ!!」
斬斬斬斬斬――ッ!!
「燃えろォッッ!!」
発現する火神。
火焔が相手を包み込んだ。
焼かれた相手が、倒れ伏す。
それを一瞥し、オボロは次の相手へ向き直った。
――この状況を、何とかしなければ……。
心が生むのは、焦りのみ。
……打開策は、まだ、見えない。
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