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「終局」









……剣を振るう。

鎧を操り、剣を振るう。

アヴ・カムゥを操る男は、
嬉々とした表情で戦っていた。

その表情から、戦い前のあの空しさは感じられない。

彼の心にあるのは、狂気とも狂喜ともとれる、
気持ちの昂りであった……。


「クゥゥアッッ!!」

「クッ」

振るった刃がかわされる。

もう一人が隙をつき、わき腹の部分を狙ってきた。


――だが、それは甘い。


武器のない左腕を、そのままで振るう。

「っ!!」

腕は刃にあたった。

相手を弾き飛ばしただけで終る。

体にあたっていれば、命を奪えたろうが、
そこは流石、トゥスクルの精鋭といったところだろうか。

簡単には、倒れてくれないらしい。


――実に、面白い……。


「…………」

本当に、嘘のようだ。

憎き相手、倒すべき相手。


それを目の前にする事が、
それを追い詰めていく事が、
こんなにも楽しい事だとは。


戦い前の空しさなど、どこに行ったものだろう。

やはり自分は、これを求めていたのだ。

この、己の死を彩る、復讐という名の闘いを――。


「クックククククククク……
 ハーハハハハハハハハッ!!」


男は笑った。


自分の内にある、狂気という名の歓喜に。


……心の内の矛盾に、気付かないまま――。










……カルラの剣が、顔の装甲をたたく。

継ぎ目でもない装甲部は傷一つつきはしなかったが、
それでも件の超重武器はそれなりの衝撃を生んだらしい。

一瞬だけ、アヴ・カムゥがよろめいた。

その隙に、追い詰められていたトウカが距離をとり、事なきを得る。

カルラもまた、素早くアヴ・カムゥより離れ、トウカの横についた。


「………クッ…」

「…さすがに…きついですわね。」

二人とも、限界が近づきつつある。

アヴ・カムゥの操者は、かなりの使い手であった。

二人を相手に、なかなか隙というものを見せない。

それでも、あと少しで装甲の弱い部分……アヴ・カムゥの左のわき腹に、
決定的な傷をつけるところまでは来ているのだが。


……後は、二人の体力が、そこまで持つかどうかの勝負だった。


「…………」


物言わず、アヴ・カムゥが近づく。

先ほどまでの笑い声が、嘘のように。


「……トウカ。」

「………先に行く。」


二人の会話は、それだけ。

覚悟を決めた後、何を話せと言うのか。


「……そろそろ、終わりだな。」


大剣が、振りかぶられる。


「ァアアアアアアッッ!!」

トウカだ。

鬼人は正面からかかるトウカに、
構わずそれを振り下ろす。

「ッ!!」

一か八かのぎりぎりの見切り。

身体を回転させかわすと、
その勢いをそのまま刀にのせ、
左のわき腹にたたきつけた。

――よしっ!!

装甲が、割れる。


……後は、切り裂くのみ。


「ヌウゥアッ!!」

「ッッ!!」

横に薙がれた大剣を、
前に飛び込むようにしてくぐる。

振り切られた剣。

その隙を逃す、カルラではなかった。


「ァアアアアアアッッ!!」

「グゥアッ!!」

「っ…」

懐に飛び込む、カルラ。

再び振りかぶられる、鬼人の大剣。

トウカが、息を呑む。


先に振られたのはカルラの得物。

鬼人の胴を、横に薙ぐ。


だが――。


「――ッ」

――浅いッ!!


心中で叫ぶ。

……疲れは、致命的だった。

いつものカルラならば、そのまま切り裂けたであろうが、
刃は無情にも、半ばまで喰い込んだだけで止まる。


「――カルラ殿ッッ!!」

トウカが走る。


――間に合わぬッ!!


「もらったぁ!!」


鬼人の声。

振られる剣。

そしてカルラは――。


「オオオオオオオオオオオオオッッ!!」


……それは、とっさの考えだった。


身体の中の火神を……一か八かで解放する。

分厚い鉄の塊を通して発現した炎は、
アヴ・カムゥの内部を“焼いた”。


「ぐっああああああッッ!!」

粘性を持った液状の内部が沸騰し、
全身を焼かれながら、それでも大剣を振り下ろす。

だが、そのほんの少しの隙に、
トウカがカルラに身体を当て、刃の位置から逃れていた。


「うああああああッッ!!」

装甲が開き、男が飛び出てきた。

一瞬耐えれたその熱さにも、
いつまでも耐えれるものではない。

たまらずアヴ・カムゥを乗り捨て、男は地面に転がる。


「……終わり、ですわね。」


カルラがその男に近づき、
その言葉と共に、刃を突きつけた。


「…ぐ…ああ……」

男が転げることをやめ、そこにうずくまる。

耐え難い痛みをこらえ、顔をあげて、
目の前に突き出された剣をにらんだ。


男は一応、腰に帯剣していたものの、
シャクコポルである彼が、生身で二人に勝てよう道理もない。

奥歯を噛みしめ、そこに立つ二人を見る。


それが、闘技場での闘いの、決着の瞬間であった……。










――憐憫があった。

同情する、心があった。

自分に剣を振り上げた相手……。

それを助けたいと思うのは、自分が甘いという事だろうか……。


……トウカは、そんな事を考える。


命を奪う立場にいる自分。

だからこそ、一つの命を大切にしたい。

今ここで斬るよりも、助ける事が、出来ないだろうか。


「…………」

男の目。

自分達をにらむ目。

それを見ていて、思うのだ。

――この男は、救えるかもしれない……。


……それは、周りが許すかどうかの問題ではない。

その者に、生きる意志があるかどうかだ。


……復讐に身を費やす者の中には、
同時に死を求めている場合があった。

全てを失い、残った己を復讐だけに注ぎ込んで、
その実、彼等の目的は、本当に全てを終らせる事……。


しかし、この男は違う。

この男の目には、光がある。

だからきっと――。


……トウカが、物思いに耽っていた、その時。

「ッ!!」

「!?」

突如として振り返り、トウカを抱えてカルラが跳んだ。

何を、と聞く前に、その理由が視界に入る。


……火の、塊。


一瞬見えたそれは、
先ほどまで自分たちが立っていた位置に着弾すると、
凄まじい勢いで炎を上げた。

「なっ!!」

その様子は、まさしく炎の柱。

シャクコポルの男は、その向こう……。

……おそらくは、炎に包まれただろう。


「……あそこですわ!!」

素早く体勢を整えたカルラが、“それ”を見つけた。

広場の奥、岩壁の上。

人の三倍の大きさはありそうな、巨大な像。

「なんなのだ、あれはッ!?」

続けて、火球が飛来する。

「ッッ!!」

「クッ!!」

慌てて避ける二人。


……そこから先は、連弾だった。

着弾するたびに炎を巻き上げる。

避けるだけでも、かなりつらい。

……特に、戦いで疲弊しきった彼女達には。


「さすがに……」

「まずいかもしれませんわね……。」

呟きは、炎の轟音にかき消されていった……。










「……恨むなよ〜、シャクコポルの兄ちゃん。
 これはミトゥの旦那の指示だし、なにより、あんたが望んだ事だ。
 ……それでオイラが呪われちゃ、割りにあわねえ。」


像の上で、ランダが呟く。

炎をまとった四肢の獣を模した像は、
その背中の部分が操作台になっていた。

今、火球をはき続ける像の操作は、彼が行っているのだ。


「……捉えられるか。」

ランダの隣で、ミトゥが問う。

「さあね。思ったより彼女ら素早いし。
 戦いで疲れてなきゃ、ぜっっったいに当たんなかったろうけど。
 今なら五分五分。弾が尽きるのが先かどうかってとこ。」


「……弾、とは。」

「ああ、言ってなかったっけか。
 この“火神像”は火神の力を増幅して撃つもんでさ。
 元になる火神の力は射手から引き出すんだ。ほら、オイラ火神だし。
 だからオイラの中の火神が力尽きる……
 要するに、オイラの体力が切れたらそこでおしまい。
 考えて撃たなきゃ、すぐ終わっちまうぜ?
 ……乱射しといて言う言葉じゃないけどさ。」

「…………」

ミトゥは広場を、改めて見渡す。


「……鎧を盾にとられたならばどうする。」

「ああ、だいじょぶだいじょぶ。
 確かに、あれの装甲には敵わんけどさ。
 炎は着弾した後まわりこむから。
 後ろにいても、避けきれるもんじゃないって。」

「……真下に入られたならばどうする。」

「……オイラの作品をなめないように。
 んな死角つくるわけないでしょ?
 ちゃんと砲門は下も向くって。」

「…………」

聞くだけ聞くと、もう興味をなくしたらしい。

つまらなそうに、というのはランダの想像だが、
ミトゥはただ眺めるに徹した。

先ほどの様な熱中している様子とは違い、
ただなんとなく見ている、といった様子だ。


「……なんか、割りにあわねぇ。」

そんなミトゥを見て、ランダは愚痴を洩らしていた……。




















……一方。

森の中での戦いは、
そろそろ終局をむかえようとしていた。


……オボロ達の、敗北という形で。


「………クッ!!」

また、仮面兵を斬り伏せる。

これで何度目だろうか、とオボロは倒した兵を見た。

首を飛ばそうが、全身を燃やそうが、こいつらは蘇ってくる。

そろそろ、こちらが持たなくなりそうだ……。


……すでに体力は、尽きかけていた。


――これは、殺られるな……。

思わず、そんな事を心中で呟く。

もはや全員、満身創痍。

死者がでていないのが、不思議なほどだ。


……こうなると、先に飛び出た二人の方が、正解だった様に思える。

体力のある内に、
無理やりにでも、囲みを抜けておくべきだったのかもしれない。

……だが、今となっては後の祭り。

もはや、そんな力もない。


――ユズハ……もしかしたら、会えるかも知れん。

自嘲気味に笑う。


……いや、自分が行くのは地獄だろう。

ユズハとは、会えないに違いない。


……そんな事を考えてから、かぶりを振る。

弱気になりつつある考えを振り切って、
さあ、と目を前方に移した。


「……!?」

そこで、気付く。


遠く視線の先に、見えるものがあった。

木々の枝の間から、差した光。

日の光に照らされて、その存在を明らかにした、
木の幹に張り付いた白い“何か”。


「……っ!!」

それは、勘だった。

素早く仲間がいる位置を確認し、指示を叫ぶ。


「ドリィ!! 3、5、25だ!!」

「っ!!」

声を受けて、すぐさまドリィが動いた。

指定された方向に、矢が射られる。

真っ直ぐに疾ったその矢は、
狙い通り、その白い“何か”を貫いた。


「っ!!これは……」

「なんと……」

驚きの声があがる。

どうやら、勘が当たったらしい。


目の前にいた仮面兵の身体が薄れ、
そして徐々に、消え去っていった……。


「「若様、これは一体……」」

「…………」


オボロは無言で、矢が貫いた木に近づいた。

遠くから見えた白い“何か”。

近づいてみて確認した、それは紙片。

なにやら複雑な紋様が描かれている。


「……術紋?」

術法の力をこめた、紋様。

その手のものには詳しくないが、そんな気がした。

オボロはそれをはがそうと手を伸ばし――

「――つっ!!」

突如として燃え上がった紙片に、少し手を火傷する。


「っ!?」

それに呼応したかの様に…いや、実際そうなのだろう。

森のあちこちで小さな火が起こり、
すぐに消えていく様が見えた。


「……結界……」

近くに来ていたドリィが呟く。


「先ほど射た紙片が……」

「要だったんですね……。」

二人の声に、オボロは思った。

あの時光が差し込まなければ、この薄暗い森で、
この紙片に気づく事はできなかっただろう、と。


「……若の日ごろの行いですかね。」

乱破衆の一人が言ったその言葉に、しかしオボロは首を振った。

「いや……そうじゃないな。」

「?」

「……まだ、こっちには来るなって事だろう。」

苦笑する。


この火傷は、弱気になった罰ってところか。

などと考え―――


「「ッ!!若様ッッ!!」」


突然、二人が叫ぶ。

「ッ!!」

理解するよりも早く、オボロ達は跳びのいていた。


――石つぶて。

それも、無数の。


突如として飛来したそれは、
先ほどオボロ達が居た位置を通過する。

その内の幾つかは、木の幹すらも貫通した。


「なッ…土の術法!?」

「そこだッッ!!」

グラァが石つぶての飛来した方向から、
相手の位置を割り出し矢を放つ。

少し離れた、木の枝の上。

矢を避けて、そこから飛び降りる影があった。

地に降り立ったその者は、森の中を去っていく。

「待てッ!!」

「追うなッッ!」

「っ!!」

飛び出しかけた男達を、オボロが止めた。

「若……。」

「今の俺たちじゃ、深追いは危険だ。
 ……それに、あの二人の方も気になる。
 ここはあの二人を見つけ次第、退くぞ。」

「「「ハッ!!」」」

「ドリィは戻って状況を報告っ!!
 他のものは――――」

感傷に浸る暇もなく、矢継ぎ早に指示を出す。

森での戦いは、こうして終わりを告げたのだった……。




















……再び、広場。

降り注ぐ火球の雨を、
カルラとトウカは未だ避け続けていた。


「あったんねえな……。」

崖の上、像の上でランダがぼやく。

連弾で放っているため、そろそろこっちも疲れてきていた。


「……改良の余地有。もっと火球の速さをあげないと。
 威力は充分……とはいえ、
 目標はアヴ・カムゥの装甲、燃やすぐらいいかねえとな。
 ……でもこれ以上は、火神が暴走しはじめるんだよなあ……。」

「……ランダ。」

「砲門の数も……ってなんだい、旦那。」

思考を中断して、振り返る。

いつの間にか、ミトゥがすぐ側にいた。

「……退くぞ。」

「はぁ!?なんで!?」

聞き返すランダに、ミトゥは手にしたものを見せる。

「相変わらずひでぇ腕……じゃなくて、こいつぁ、符?」

ミトゥは頷く。

焦げ付いた紙片には、わずかに術紋が見てとれた。

「……符が焼けた。亡者の結界は破られた。
 退かねばならぬ。」

「くあ、あいつ失敗しやがったのか……。
 まあ……いいけどよ。 あの二人、しとめなくていいのかい?
 そろそろあちらさんも動きが鈍ってきてるし、
 結界からこっちに来るまで、まだ相当かかんだろ?
 ここで退いたら、割に合わんぜ?」

「……よい。留まり、捕まる可能性をつくる訳にはいかぬ。
 ……所詮は余興。本来の策が破れては……それも終わりだ。」

「……………………」


――おい、待て。ちょっと待て。

今、とんでもない事言ってなかったか?


「……旦那、今、なんつった?」

「……余興は終わりだ。……退くぞ、ランダ。」


――……これは、違う。

オイラのこいつが余興だって言ってるんじゃあない。

そう、これは――


「……この広場での戦い全てが余興?」

「……いかにも。トゥスクルの精鋭を滅する策は…亡者の結界のみ。
 ……いささか、侮っていたようだ。」

「…………」


――ああ、わかってた。わかってたはずだ。

こいつは、こういう奴なんだって。


「……退くぞ。」

「……わーったよ。
 ……こいつはどうすんだ?」

と、火神像を指す。

「……置いてゆけ。我の術ではこれは運べぬ。
 ……他に使える者もおるまい。」

「……確かによ、オイラにしか使い方はわかんねえだろうけど……。
 ……余興に試作品一体ね……割りにあわねえよな……。」


「―――――」

ミトゥが呪を唱えた。

それは長い長い呪。


やがて目の前の空間に、黒点ができたかと思うと、
それはたちまち、ヒト一人を覆うほどの大きさに広がる。

形容するならば、闇があふれた、といったところか。

「……復讐者よ。よき、勝負であった。」

ミトゥは一度だけ振り返ると、
眼下にむかい、そう声をかける。


「…………」

ランダはそれを見ながら、
あのシャクコポルの男を憐れに思った。


――この男を楽しませるために、戦ったわけじゃないだろうに……。

「……全く、割りにあわねえよな……。」


……そして。

二人は闇の中へ姿を消す。


何も成しえなかった、戦いの跡を残して……





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