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今夜の番組チェック





『雨』


「ん」
 禁裏で寝ているハクオロの布団。そこに何かが蠢く。そうなったら、余程の事が無い限り誰でも目覚める。例外ではなく、ハクオロも目が覚めた。寝ぼけた体、感覚が鈍っている感覚を段々高める。すると、それはどんどん昇って来る、そして、布団の中を見ると目と目が会った。
「なんだ。カルラか」
「なんだは無いでしょう?あるじ様が何時までも私を焦らすから、私の方から参りましたのに」
 エルルゥが聞いたらハクオロを半殺しにしかねない言葉。平然とカルラは言ってのけた。
「頼むから、他の人がいないときだけにしてくれ、そう言う事を言うのは」
「あら、私は平気ですわよ」
 そうのたまう。が、ハクオロはこの会話に違和感があった。その何かが解けるまで、そう時間はかからなかった。カルラが、いつもより大人しい。もし、こういう好機を見つけたら、もっと積極的に行動するはずのカルラが、布団の中に潜るだけといつもより控えめな行動に出たことがハクオロにとっては以外だった。
「どうしたんだ?」
「私の部屋。外に近い所為か。雨音がうるさくて眠れないんですの」
 自分で選んだんだろうがと言いたくなったが、その前にカルラは寂しそうにポツリと呟いた。
「雨って、どうしても、まだ好きになれませんの」
 近くにいるハクオロでさえ聞き取りにくいくらい小さな言葉。その言葉と悲しそうな表情が、ハクオロから次の言葉を奪っていた。


 剣奴。豪族達の娯楽のため、自らを戦いに投じる奴隷。私はその地位に堕ちた。
 一つの理由としては、まさかギリヤナギの姫君が剣奴に落ちているとは思いもしませんでしょう?
 もう一つは、あの漢を倒すためにはどうしても力が必要ですから。そのためには戦いの中に身を置くしかない。
 行く先々の戦いで私は戦火を上げ、恐れられるようにまでなりましたわ。生きていくために戦い、負ける事を許されない生活。そんな中、彼に負けた時。激しい怒りに見舞われましたわ。


 何時の事でしたでしょう。確か、幾度となく開かれた賭け試合。私はいつものとおり勝ち進んでました。まあ、本気にさせる相手は誰もいない。いるのは私の顔を見るなり、子供だと下劣な笑みを浮かべ、次の瞬間には地面に横たわる男達。その中で彼だけは私を見据えていましたわ。

「シャクコポル……」
 今まで幾人もの剣奴と戦いましたけど。薄白く垂れ下がった長い耳が特徴のシャクコポル族。今まで戦ったことはなかったですわね。何故なら、最も下級と言われる種族がこの場に居合わせるなんて考えられませんでしたもの。
「ぁあ〜。ギリヤギナ族ですか……」
 相手の呟きが耳に届く。戦闘種族の中で随一の攻撃を誇る種族。そして、相手にとっては長い歴史で虐げられてきた種族。けど、例え相手が誰であれ、負ける訳には行きませんわ。
 会場が活気付く。遠くからカルラ、カルラと、私の名を叫ぶ声が聞こえる。この勝負の賭けは殆どが私に賭けられている。対して相手の名を呼ぶものは誰も……。
「クルーサ」
 その声に会場がざわめく。まさか、私が負ける方に賭ける人がいるとは思いもしませんでしたもの。この勝負、プライドに賭けても、勝つ!
「始め」
 合図と共に私は剣を振るった。
 大人の男が振るうような巨刀[青龍刀]が横一線に動く。が、その動きを読んでいたかのように彼は体をくの字に曲げ、後ろに跳んだ。
「ま、まぐれですわ」
 思えば、その瞬間に頭に血が上ったのが全ての敗因でしたわ。けど、その時の私はその様な事を思いもしませんでした。
 一歩踏み込み、左手のみで振り上げる、が、半身を曲げ攻撃を避けられる。ならばと、剣が峰を返し一気に振り下ろす。が、衣服を掠めるだけで攻撃は当たらない。
 深く、剣を下ろした際、一気に彼は距離を離した。そして、ある程度とると、通常より小さい刀の切っ先を外に向ける。そして私を見つめる瞳。私の動きを見逃さないと気迫に満ちていた。
(悔しいですけど素早さは向こうが上手みたいですわね。ならば)
「はぁああ」
 気を溜め、一気に放つと力いっぱい駆ける。それこそ地面を破壊するほどに。が、その、瞬発力を爆発させた私の動きでさえ彼は紙一重で避けてみせた。


 どれだけ時間が経過したでしょう。本当なら一撃で屠れるほどの攻撃を幾度も与えているはずなのに。肝心の攻撃は当たらない。当たったとしてもそれは服。相手の動きを封鎖する物ではない。
 こちらは逆に呼吸が乱れ、汗が地面に落ちる。会場から聞こえる声も、応援から怒号へと代わっている。実際に戦いもしないでいい気な物ね!
 相手を睨み、牽制する。どうやら、仕掛けてくる気はないようですわね。でしたら、こちらが、仕掛けるまで。
「はああああ」
 呼吸を狂わせるほど激しい闘気と共に駆け出す。今度は外しませんわ。
 剣の間合いに入る。相手は、動かない。いえ、怖くて動けないのでしょう。そう思い、今までの怒りを込めて剣を振り下ろす。
 次の瞬間、目に映ったのは相手の体に埋没していく私の刀。なのに、手ごたえがない?
 勢い止まらず、相手を斬る。が、その姿は消えるだけだった。信じられない。相手が消えたなんて。そう思った刹那、バンと何かが爆ぜる音と共に首筋に冷たい何かが押し当てられる。あまり、分かりたくはありませんわね。だって、私の首に刀を押し当てられるなんて。自分の懐近くから声が聞こえる。
「降参して下さい。貴方が動くより、ボクが貴方の首を切るほうが早いですから」
 その言葉に私は素直に従いましたわ、くやしいですけど。


 率直に言えば納得出来ませんでしたわ。もう一度戦う機会があれば絶対勝てるのに……。
 そう思いながら、私は次の彼の試合を見ることにしましたの。相手を知れば、戦い方も自分の攻め方も変わるでしょう?

 実際に戦い、そして客観的に見る彼の戦い方は綺麗と表現できるモノでしたわ。相手に攻撃を受けずに、不意をつき懐から刀で相手の急所を突く。その寸前で止め、相手に投降を促す。戦場には無い甘い戦い方。ですけど、彼と試合した人間は誰も傷つかない。それを『綺麗な戦い方』と言わずに何と言うのでしょう。
 ですけど、その当時の私にはその戦い方が、耐えられない甘さ。全ての試合が終わった後、彼を見つけると私は彼の胸倉を掴み上げ、壁に叩きつけた。
「い、痛いです」
「納得できませんわ」
 私の目を彼はまじまじと見詰める。そして。小さく。
「そうでしょうね」
 と、あっさり肯定した。
「すみませんが、場所、変えません?このままだと話も出来ませんし」
 その言葉で頭が少し冷える。そうでしょう、いくら怒りに身を焦がしていたとは言え、このままではただの嫉妬。見苦しいだけですわ。
 冷静に、彼の言葉に、私は頷いた。


「えっと、場所を変えたのはいいのですが、何から話しましょう?」
「あの時、一体何をしましたの?」
 そう、全てはあの瞬間。一体私が見ていた者はなんだったのか?
「ああ、あれは貴方のおかげですよ」
 え、私の、おかげ?
「僕は貴方の火神を利用させて戴いたにすぎません」
「どういう、ことですの」
 体があつくなる。自分の中の火神が燃え上がろうとしている。
「逃げ水です」
 逃げ水。たしか、暑い時に地面に水があるように見え、その水を追おうとすると、水が逃げると言う事でしたわね。それとこれと。
 と、言いかけて気がついた。自分の中の火神が、活発になればなるほど、地面は熱くなる。そうなれば、大気が揺れ残像が出来る。戦いに固執するばかりで、このような初歩的なモノに惑わされるなんて。
「情けないですわね」
「はい?」
「なんでもありませんわ」
 意図が掴めないと言った感じで素っ頓狂な声を上げる彼。その声で、負けた分が少しだけ和らぎました。


 話してみると、彼は奇妙な存在ですわ。
 シャクコポルという種族でありながら剣奴として生きていると言うのも奇妙ですけど。
 眠たげな目。試合中の相手の動きを捉えて逃さないとする気迫はまるで見えませんし、試合中に見せたあの全身を研ぎ澄ました気迫もない。まるで精巧に創られた人形が動いているかのよう。
「本当に私と戦った、……え〜」
「クルーサです。カルラさん」
 穏やかな表情、柔らかな物腰。昔会った誰かを連想させる不思議な空気。ただ、昔みたいに悪くはないですわね。彼は私が名前を忘れたと思い、助け舟を出してくれた。まあ、実際に忘れていたのですけど……。
「クルーサですよね」
「ええ」
 あっさり肯定。表情を変えずに私の質問に答えた。ただ、名前になのか、先の質問になのか疑問は残りますけど。
「どうして、投了させたんですの?下手をすれば」
「殺される、でしょうね」
 表情は変わらない。が、その質問に少しだけ目の色が変わった。耳が少し動き、目も、細くなる。警戒してますわ。
「言われるんです、よく。殺さなかったら殺されるって。けど、僕は殺せないんですよ」
 質問に対する答えになってはいない。文句が口から出るより早く彼は言葉を続けた。
「殺したら、その人の友達や、家族が敵を討ちに来るでしょう。そうしたら僕が勝てるという保証はないですから。それに、少しでも他の人に優しくすれば、他の人も僕に優しくしてくれるって、思うんですよ」
 何を馬鹿なと、心が言う。ですけど、言う前に目が気が付きましたわ。かれは、シャクコポル族だという事に。
 自分が他の種族に勝つ。その事で一番迷惑をかけるのは、同族。下手すれば、争いになるかもしれませんもの。自分が生き、そして最小限の被害で済ませるには。投降させるしか、道はない。それは、ギリヤギナ族の私からすれば、思いもしない考え方。それは傍から見れば……。
「甘いですわね」
「そうですね。自分でも、そう思います」
 悲しげな目。自身に課せられた枷の重さに自身気付いているが、それをどうしようも出来ないと諦めている言葉。
 その彼の言葉に私は……。
「けど、ハチミツも、ハチミツのように甘い考えも私は好きですわ」


 それから間も無く、私は死組に送られましたわ。まあ、試合の度に返り血にまみれ帰って来たのですから、主が私を恐れたのは無理もありませんわ。
 旅をして気がつく。大地のゆりかごに包まれ、風の子守唄を聞きながら、ほんの少し、その事に共感し酒を飲み会える友がいればどれほど幸せか。そこには種族など必要ない。戦闘種族だから偉く、他者を跪かせる事が正しいと考えていた頃からすれば、遥かな進歩ですわね?そのことに気付かせてくれた彼に。私は感謝の意を表していました。
 幾度目の旅だったでしょう。私は奴隷船の中で、彼に再会しましたわ。昔のように穏やかな顔、下がった白い耳にボ〜とした瞳。その顔を間違えるわけありませんわ。私にいろいろな事を気付かせてくれた大切な人ですから。私はさっそく彼の横にすわりました。



「お久しぶりですわね」
「ああ、カルラさんですか」
 そう言ういい、ぼ〜っとしていた彼の目に、仄かな明りが灯る。今まで、気付いていなかったみたいですわね。
「どうしたんですの?私がいましたのに、ぼ〜っとして」
「ああ、雨音に聞き入っていましたから」
 鎖が繋がれている壁越しに聞こえる激しい雨音。どう聞いても、聞き入る事はないでしょうけど?
「好きなんです。雨って。いつもと違う音が聞こえる。それだけで、少し得をしたみたいな気になりませんか?」
 そう言って、彼は幸せそうな顔を浮かべた。

「そう言えば、新しく国が樹立されたみたいですね」
 唐突に、彼が呟いた。
「そうなんですの?」
 世事に詳しくない私が尋ねる。その問いに彼は嬉しそうな顔をした。
「ええ、何でも。ケナシコウルペが滅んで、新しくトゥスクルに変わったそうです」
 ケナシコウルペ。まあ、あの国なら滅びる運命にあったでしょうが。なにがそんなに嬉しそうなのでしょう。
「そこの皇が、何でも『仮面皇』と呼ばれているどうなのですが、中々の賢政を行っているそうです。しかも誰に対しても分け隔てなく接してくれるって評判なんです」
 なるほど。うらやましい話ですわね。奴隷の私達にとって、憬れるような御伽草子。特に彼にしてみれば……。
「行って、みたいですわね」
 思わず呟いた。その言葉に彼は嬉しそうにええと、返してくれました。この後の事も知らずに……。


「それにしても、遅いですわね」
「そうですね」
 私の意見に彼もあっさり同意した。何がって、食事ですわ。朝以来何も口にしていないのですから、否定したら嘘でしょうけど。それにしても、周りからもああ〜とか、腹減った〜など情けない声があがる。商品として私達を売買するのですから、そこら辺は徹底しているのですけど。今日は、本当に遅いですわね。
「まあ、外が嵐ですから、ある程度はしょうがないですけど」
「そうなの?」
「ええ、雨脚が昨日から激しいですし、船も揺れすぎです。まあ、この程度なら大丈夫でしょうけど」
 そう言って、また前を向いた。静かに彼は待つことを決めたみたいですわ。私も、彼を習い前を見る。まあ、空腹であまり話す気が少なくなったと言うのが本心ですけど。てっきり、新米を教えているとばかり思っていた私にとって、少し驚きのことでした。それにしても、揺れが酷すぎる。あまり乗り物に強くない人間にとっては拷問のような揺れが断続的に続いていた。
 と、横にいる彼の顔に微妙な変化が見えましたわ。驚き、恐れ、それらが入り混じった表情で前を見ている。そして、私も気になり、前を見る。少しずつ、だが確実に部屋に何かが侵入する。茶色い板を若干黒くせせるそれ。水。秒を追うごとに水は確実に領土を広げていく。そして、彼は大声を上げ、叫んだ。
「全員、息を止めてください」
 そう言うと、彼は大きく息を吸い込んだ。彼の声に慌てて、私も肺に空気を溜め込む。その刹那、木で作られた頑丈な扉を破り大量の水が入り込んできた。


 戦争とは違う地獄絵図がここにはありましたわ。強襲した水に息を止める事も出来ずに飲まれた者。そして、運良く息を止められても、首枷が、逃げる事を許さない。
逃れられない水の戦慄。
 私は襲い来る水を見ていた分、冷静に対処できたと思いますわ。息を止め、自らを縛る鎖を握り潰す。この位の鎖、私にしてみれば、造作も無い事ですわ。
 唯一の出口を目指す前に彼を見る。彼は、必死で自身の鎖を外そうとしていた。私は彼の鎖に手をかけ、力を込めて、握りつぶす。
 その行為で、息が、苦しくなる。

 なんとか鎖を解き、足を必死でばたつかせ泳ぐ。彼の姿が少しずつ遠く感じる。先ほどの事と、息が、出来ない苦しみが、私の動きを鈍らせる。何とか、船を脱出した時には、視界が段々暗くなり始めていましたわ。
 力を使うのは足だけと決め、足を必死で動かす。ですけど、あまり、進まない。海上まではまだ、距離がある。
 どの位の差があるのだろうと、薄めをあけた時、違和感が唇を襲いましたわ。違和感と共に、空気が入って来る。目を開けると、そこには彼が、私と口付けを交わしていた。驚いたのもつかの間、彼はニコリと笑うと私を上に大きく突き放した。その所為で私の体は浮上し、彼の体は、沈んでいく。
「……!!」
 彼が、私を、助けて、くれましたの?理解する。まで時間がかかった。彼に押し出された勢いが止まるまで私の思考は完全に止まってしまっていましたわ。
(助けないと)
 急ぎ駆け寄ろうとする気持ちを無理やり押し込める。
(今するべきなのは、急いで新しい空気を吸って、彼のもとに駆け寄る事でしょう?カルラ。このまま行っても、彼を助ける事は出来ませんわよ)
 心を押さえつけ、一気に足を動かし浮上させる。そして、体中に息を溜め込むと私は再び海に戻っていった。命を助けてくれた彼を、いろいろな事に気付かせてくれた彼を助けるために……。


「うそ、ですわよね」
 海のそこに横たわる彼を抱え、海上に出る。が、その後、何を行おうと、彼の眼差しは開く事はありませんでしたわ。
 最後の最後。彼が私に行った口付けが、私達のその後を左右した。本当なら、ここに横たわるはずだったのは私。彼は最後まで優しかった。その優しさは紅皇バチの蜜のように甘い。その甘さが、今の私には 辛かった。
「嵐で難破か」
「はい、クロウ様。それで、これからいかがいたしますか」
 外から話し声が聞こえる。どうやら、私達を助けてくれた軍の会話みたいですわね。
「ちっ、もうすぐしたらオボロも来るだろうし、それまでとりあえず皆を休ませてな。オレは大将の所に報告してくる」
「わかりました。それでは、お気をつけて」
 そう言って、ウォルタプの駆ける音が聞こえる。どうやら、去ったみたいですわね。 
 外音が聞こえなくなり、再び、彼を見る。彼の寝顔はあまりに穏やかで、少しだけ、微笑んでいました。まるで、生きているのかと錯覚しそうなほど……。気がつくと、私は彼の刀を握り締めていました。自分の獲物は、あの船の中。この、彼のように小さな刀を、私は握り締めていました。


「しっかし、まさか沈没するなんてな」
「ああ」
 部屋にはいられない。あまりに辛すぎる部屋から出て、廊下をさまよっている時、唐突に声がした。話し方から、あの船の船員みたい……。思わず、足が部屋の前で止まった。
「まさか、賭け勝負の最中に沈むとはな。全く、これだから見習いは困るんだよ。慌てなきゃ、どうにかなるだろうに」
「全くだ。けど、死んだのが奴隷でよかったよな」
 今、何て、おっしゃいましたの?目の前が暗くなる段々、ほかのものが映らなくなる。私の中の火神が熱くなり、衣服に絡んでいた水分が飛んでいく。体も、震えている。
「あんな奴等、死んでも代わりはいるもんな」
 これ以上、言葉をしゃべるな!
 視界がグラリと揺れるほどの激しい怒り。刀を抜き放ち、扉を一閃する。ガタンと音を立てて、扉が意味をなさなくなる。
「今、何ておっしゃいましたの?」
 刀は、二つに割れていた。まるで彼のように壊れてしまった。彼。こいつ等が、彼を。
「もう一度、おっしゃってくださらない?」
 足を爆発させ、一気に距離を詰める。そして、兵士のノドに指を当てるとそのまま持ち上げた。落ちないように指に力を入れる。
 そのうち、暴れていた兵士が力なくぶら下がる。ノド笛が壊れたみたいですわね。
「詳しく、聞かせて頂けませんか?さっきの話」
 命乞いをし、必死で逃げようとするもう一人の兵隊。そのノドに手を当て、私は呟いた。


 嵐の船。なのにベテランはこの程度の雨ならと、新米に任せて自分達は賭け事をしていた。そして、船は沈没した。
「もう、誰も残ってませんわよね」
 たくさんいたはずの奴隷ももういない。そして、この船の生存者も私だけ……。一人きりになった部屋で私は立ち尽くしていた。
 これから、どうするか。不意に与えられた自由に頭がなれない。何もしたいことが思い……。
「トゥスクル」
 付かないはずだった。ですが、走馬灯の様に思い出される言葉で、一つ興味があるものがあった。
『そこの皇が、何でも『仮面皇』と呼ばれているどうなのですが、中々の賢政を行っているそうです。しかも誰に対しても分け隔てなく接してくれるって評判なんです』
 彼の言っていた言葉。シャクコポル族として、羨ましく呟いた言葉。彼の代わりに見るのも。
「悪くないですわね」
 そう呟き、外に出ようとした所、悲鳴が聞こえる。どうやら、この騒ぎに気になって、兵士がようやく来たみたいですわね。まあ、音を立たせずに殺して差し上げたのですから、遅くても仕方ないですけど。
「き、貴様」
 この国の兵士が呟く。その目に映った軍旗に私は目が止まった。見たことが無い。ひょっとして……。
「ここは、トゥスクル国ですの?」
「これ以上、このトゥスクル国での狼藉は、み、見逃せないぞ」
 恐れながらも、必死で言葉を放つ。その中に私の欲しい情報がありましたわ。私はにこりと、自然に微笑んでいました。
「見逃して、いただきますわ」
 そう言って、背後の壁に向かい、壁を打ち壊す。そして、一気にかけだした。
「し、しまった」
「だ、だれか。オボロ様にしらせろ、手のあいた者は追うぞ」
 口々に叫ぶ兵士。そんな兵士の声を聞きながら、私は必死に走った。この国の皇居を目指して。もし、彼の言ったとおり誰に対しても分け隔てなく接してくださったら……。


 言葉を奪われた代わりにカルラの目を見る。暗闇であまり見えにくいが、何処となく、泣きそうなそんな感じだ。
「泣いて、いるのか?」
 まさか、カルラが?と言う思いで言葉が呟きになる。そう言うと、カルラはニコリと笑った。
「だとしたら、どうなさいます?」
 妖艶なけど、嫌じゃない微笑み。その微笑を見つめ、ハクオロはどうしたらいいのか、正直迷っていた。その表情を読み取り、カルラはハクオロの手を取る。そして、笑みを浮かべつつ、自身の頭の上に手を乗せた。
「意地悪なあるじ様ですわ。女性が泣いている時は、黙って、胸を貸すのが殿方の役目じゃなくって?」
「そうか、すまない」
 いつもの調子のカルラの声、その声に、ハクオロの頬も少し緩む。
 が、何時まで経ってもカルラはその手を離さない。
「か、カルラ?」
「もう少しだけ。もう少しだけ、このままで居させていただけません?」
 その声は、初めて聞くカルラの濡れた声。外ではまだ、雨が降り続いていた。





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