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『家(中)』
これは、夢だな。何故って、上空から自分を見るなんて、夢以外何物でもないだろう。これは、オレがまだ義賊だった時の夢か。ベナウィ以外で、初めて負けた時だ。
相手が動く。その動きを、オレは捉えていた。右の刀で受け止める。が、相手もてだれ、オレの刀を弾くと、刀を戻し、左手の刀を牽制しながら、距離を取る。
「自分から挑んでおいてこの様か……」
「別に……」
ぶっきらぼうに呟く。自分自身外套で身を隠し、しかも夜という視界的にあまりよくは無い条件の中で見ている相手。相手は、少女。しかも、見た目はドリィやグラァぐらいの奴だ。
「オレに挑んだ事を不運に思うんだな」
そう言うと、一気に駆ける。これまで返り討ちにしてきた『野党退治屋』や、兵隊は数知れない。その分だけ、オレに油断があった。
「死ネ」
左の刀を相手の腹部を薙ぐ。が、その刀をあいては受け止める。キンと金属がぶつかり合う音がする。俺は、不適に笑うと、相手の首筋目掛け、右手を放つ。が、その一撃もキンという金属音に遮られる。
「?!」
相手は一本しか刀を持っていなかったはずだ。
予定外の事に一瞬対応が遅れる。それが、実力の差だった。相手は右手の剣を弾き、一気に首筋に刀を押し当てた。その目は、雪のように冷たい凍えるような瞳。よくみると、なるほどと思う。左手に鞘を、右手に剣を。鞘で一手を防ぎ、二手目を剣で防ぐ。種がばれたらなるほどと思うが、実際に出来るかといえば、難しい。何故なら、簡単に落ちないようにしている鞘を抜き放つのだから。
しばらく、互いに視線を交錯させる。そして。
「辞めた」
そう言うと、右肩でオレの体を吹き飛ばした。訳がわからずにオレは目を瞬きさせた。
「なぜ、オレを皇宮に連れて行こうとしない」
「御主は、自分のためではなく他の者のために賊になっておるのだろう?そう言うのは、嫌いではないのでな」
そう言うと、女はかすかに笑う。
「オレに情けを掛ける気か」
「別に。面倒くさいだけだ。情けを掛けられたと思うなら、そう思うがいい。わしは、そうは思わんのでな」
淡々とした口調。そして、後ろに目を向ける。
「それに、このまま主を連れて行こうとすれば、矢で討たれるだろうからな」
「「若様」」
その声に二人が姿を表す。弦を引き、いつでも矢を撃てる状態だ。
「お前等」
「「ご無事で何よりです」」
そう言うと、あいつが少しだけ笑う。そして、踵を返し、言った。
「それではな。こう見えて、色々向かわねばならぬ所があるのでな」
「待て」
立ち上がり、オレが言う。それでも、あいつは止まらない。
「名前くらい聞かせてくれ」
女が立ち止まる。そして、しばらくは黙っていたが、振り返り、言った。
「電光のセッカ。主こそ、人に尋ねる前に言うてはどうだ?」
「オレの名は……」
「「わ……ま」」
「ん?」
「「若様」」
目の前に似たような顔が二つ。何てことは無い。ドリィとグラァだ。
「あいつは?」
視界と頭の中が混雑。さっきまで見ていた物が鮮明だったため、オレの意識がついてこない。
「「はい?」」
二人とも訳がわからない様子でオレを見ている。その時には、オレの意識がようやく現実についてきていた。
「何でもねえ。ちょっと、昔を思い出したみてえだ」
あの時の勝負。確かにオレの負けだった。運とか、そう言う問題ではなく、駆け引きにおいて、オレはまだまだ未熟だった。そして、ベナウィに負けるまでオレはあいつを目標にしていた様な気がする。見えないあいつに負けないように。
「「若様」」
「何だよ」
寝起きで機嫌が悪くなる。おれはぶっきらぼうに答えた。
「そろそろ朝議が始まります」
とドリィ。
「急いで着替えてください」
とグラァ。陽の位置は確かに高い。というより、そろそろやばい。
「そう言う事は先にいえ」
「「すみません」」
「先に行ってろ、オレもすぐ行く」
「「はい」」
そう言って、二人が出て行く。俺は慌しく着替える。それが、この日の朝の始まりだった。
空気が重い中、朝議が始まる。そんな中、オボロは遅れて入って来た。
「や〜い、遅刻するなよ」
「うるせえ」
「静かにしなさい」
暴れ始めると何するか分からない二人をベナウィが戒める。
「報告します」
厳かな空気で朝議は始まった。
「最近増えている薬物の被害ですが少しずつ拡大している傾向にあります」
最近、トゥスクル内で頻繁に出回っている薬。麻薬のように中毒性があり、徐々に精神を崩壊させていく麻薬。ハクオロの頭を悩ませる頭痛の種だ。
「ベナウィ」
ハクオロに言われ、ベナウィが一歩前に出る。
「領内の見回り、深夜の警邏等徹底させておりますが、不十分なようです。もうしわけありません」
自身の無力感にベナウィは悔しがる。
「気にするな。悪いのは相手のほうだ。それで、エルルゥ。特効薬等は出来ないのか?」
麻薬に対する特効薬があるのかは分からないが、とりあえずハクオロは尋ねる。
「薬自体がどの様な物か分かりませんから、せめて、現物があれば何とか対策を立てられますが……」
「そうか……」
(今の所は、現状維持か……)
心の中で結論付ける。悔しさにハクオロは唇をかみ締めた。
「それで、他に報告は無いか」
「あ、はい。昨日の夜更け、トウカさんに会いたいという人が来たそうです。夜分遅くでしたし、相手の素性も分からない物ですから、追い返したとの事です。多分、今日再び来ると思われます」
「某にですか?」
「心あたりがあるのか?」
ハクオロが尋ねる。ハクオロの傍らにいたトウカは素直に頷いた。
「は。今まで傭兵として戦って来ましたから。その時の味方だった者が、あるいは……」
「そうか、他に報告する事はあるのか」
「はい。お姉ちゃん、料理中におと〜さんの名前言いながら涎垂らしてた。って、アルルゥ」
アルルゥの体がびくっと震える。
「またこんないたずら書きして」
「ほんとの事」
そう言うと、アルルゥは脱兎の如く駆け出す。その後をエルルゥが追う。いつもの朝礼だ。
「では、これにて、散会します。皆さん、本日も頑張ってください」
口々で昇る笑い。その様子を複雑な様子でハクオロは見ていた。
「こう平和なら、いいんだがな」
素直な感想。突きつけられた事件が重いだけに、そう感想が重く圧し掛かった。
「あ、トウカ様」
兵舎に戻ろうとする昨晩宿直の兵士。その帰り道に出会ったのは、トウカだった。ハクオロ皇の御側役であるトウカが下っ端である自分に話し掛ける。これ程光栄な事は無い。思わず、背筋が伸びる。
「昨晩の当直の者は」
「あ。わ、私です」
「そうか、それで、昨日私に会いに来た者と言うのは如何様な風貌だった?」
気になった、質問をぶつける。兵士はしばらく思い返すと答えた。
「眠そうな目の小柄な女性で、髪は首のあたりで結っているだけと言った簡素な感じで……。あと、背中に大きな荷物を背負っていました」
「!そうか、でどこにいるか知らないか?」
「え、その。……」
言いにくそうに口篭もる。
「聞こえん!声が小さい!」
「は、はい。今はオボロ隊長が連れていかれました」
「?オボロ殿が」
何故なのかは分からないが、兵士の言った場所に、急ぎトウカも行って見ることにした。
「お前だったのか」
「初対面の相手に向かってお前呼ばわりは礼に失すると思うがな」
オボロの言葉に面倒くさそうにセッカは呟く。その言葉に少々オボロはむかついた。
「オレだ、オレ。オボロだ」
言われ、セッカはしばらく考え込む。そして、思い出したようにポンと手を打った。
「あの時の……。は、いいが、なぜ皇宮で働いておる?」
「いろいろあったんだよ。それより『野党退治屋』のお前こそ何でここに」
その言葉に一瞬目を閉じる。そして、怒りそうになる言葉を押さえ込む。と手で、髪をかきあげ、告げた。
「前に言うたと思うが、あれは副業だ。ま、この国に寄ったのは用事のついでだ。久々にここに来たら国名が代わっている上にトウカ殿がこちらに仕えていると聞いてな。寄ったまでだ」
「お前、……」
言うべきか一瞬迷う。そして、言おうとした瞬間。
「セッカ殿」
後ろから、トウカが回り込んだ。急いでここまで来たらしい。息を切らせ、苦しそうに腹部を抑える。そして、苦しさが少し引くと、顔を上げた。
「トウカ殿。久しぶりだな」
「セッカ殿こそ、よく無事で」
そうして、再会を喜び合う二人にオボロは完全に忘れ去られていた。が、オボロは不快感は無い。むしろ、先ほど言おうとした言葉の答えが見つかった様だった。
(そうか。やっぱり、前とは違うな。前は誰にも近寄らせない感じだったが、今は)
前の様な空虚な鋭さがない。その代わりに何か、暖かい物をオボロはセッカから感じ取っていた。せっかくの再会にオボロは静かに立ち去った。
「ま、今回は探し物ついでに寄っただけだがな」
「某はついで扱いか?」
そう言いながら二人とも笑う。その雰囲気にトウカの部屋に立ち寄ったハクオロは声を掛けにくかった。
(まいったな。この前の釣り場への道を尋ねようと思ったが……)
せっかくの休みをのんびりと過ごす。それにこの間のリベンジもあり、釣りに行こうと思ったのだが。しばらく、待つが話が終わりそうな気配は無い。意を決し、ハクオロはトウカの部屋の扉を叩いた。
「あ、はい。セッカ殿」
「構わんよ」
そう言うとトウカは扉を開いた。
「!せ、聖上」
トウカの言葉にセッカが顔を上げる。ただ、いつも通りの眠そうな目でハクオロを見ている。
「あ、いや。この前の釣り場に連れて行ってもらおうと思ったんだが、邪魔みたいだな」
「あ、いえ。その様な事は」
と言いつつ、二人を交互に見る。どちらを選んでいいのか迷っているようだ。と、トウカが何かを言う前にセッカが荷を持ち、立ち上がった。
「主君の命にしたがうのは、家臣の務めだろう?気にするな」
本当に気にしていないようにセッカが言った。
「しかし」
「いいのだ。それに、ヤマユラでトゥスクル殿を捜さねばならぬしな」
「!!」
その言葉にハクオロの表情が強張る。トウカも言葉を失った。
「すまぬ。知らぬ事とは言え、完全に礼を失した事を」
「いや、いい。それより、用事というのは」
「まだ、治らないのだな」
セッカが答える前に尋ねる。その問いにセッカは目を閉じ、静かに頷いた。
「ああ、未だに見つからないよ」
「もし、何かの病気なら」
重い雰囲気の中、ハクオロが口を開いた。治らないと言う言葉から、何らかの病気だと、ハクオロは判断した。
「うちの薬師に診てもらうといい。若いが優秀だ」
「聖上」
「トウカの大事な客人を無碍には出来ないだろう」
「お心遣い感謝します」
深々とトウカが頭を下げる。セッカの方は静かにハクオロを見つめて言った。
「トゥスクル国、国皇のお心遣い、厚く御礼を申し上げます」
「ん。いや、そこまで言われる事をしたつもりは無いさ」
照れくさそうに、ハクオロは頬を掻きながら、そっぽを向いた。
「こんなに、いいんですか?」
「診てもらった礼みたいな物だ。気に病む事は無いよ」
「でも、紫琥珀まで」
「物は、探せば手に入るが、生きている人間は生きている時にしかいないからな。それで救われる者がいるとすれば、安い物だよ」
そう言って、紫琥珀を手渡す。エルルゥは大事そうに薬箱に閉まった。
「それで、何とかなりそうか」
そう言うと、エルルゥは少し難しい顔をした。
「こっちの方は調べてみれば何とかできると思いますけど。貴方の方は……」
「そうか。なら、えっと〜」
名前が分からずセッカの視線が宙をさまよう。その様子にエルルゥはクスと笑った。
「エルルゥです」
名前を言われ、一瞬、セッカの目線がエルルゥと交錯する。そして、口元をほころばせて。
「ありがとう。エルルゥ殿」
感謝の意を告げた。と、セッカがキッと眼光を鋭くさせると背後を睨む。と同時に。
コンコンと、扉を叩く音がした。
「あ、はい」
「ちょっといいかしら、エルルゥ」
そう言いながら、入って来たのはカルラだった。
「あ、カルラさん」
相手を見つめ、そして、鋭い眼光は消え、いつもの眠たげな目に戻った。そして、初めて会うカルラに軽く会釈をする。
そのセッカをみて、カルラが不敵に笑う。が、すぐに戻ると、用件を告げた。
「さきほどから、オボロ達が今晩のおかずをつまみ食いしていましたわよ」
「!も〜。あれほど食べちゃ駄目って言っているのに」
そういうと、エルルゥは闘牛のように駆け出して行った。部屋に残されたのはセッカとカルラのみ。
「わしに、用事でもあるのか?カルラ殿」
「ええ、トウカの友人と聞いてどの位の腕前か興味を持ちましたの。お相手、していただけますわね」
微笑む。否定を許さぬ笑み。その笑みを見て、セッカはしばらく答えない。が、髪をかきあげ、面倒くさそうに呟いた。
「したくないと言っても無駄なのだろう?なら、手合わせに応じるしかあるまい」
「物分りがいい人は好きですわ」
そう言って、嬉しそうにカルラが笑う。その時には、セッカにも戦いの灯りが瞳に灯っていた。
「全く」
「どうした?エルルゥ」
釣りざおを持ったハクオロとトウカが向かってくる。釣りざおの先は濡れている。どうやら、釣り終えたらしい。
「あ、ハクオロさん。それにトウカさん」
「それより、どうした。ぶつくさ文句を言っていた様に聞こえたが」
その言葉で再び、エルルゥは頬を膨らませる。
「またつまみ食いしたんですよ、オボロさん達。しかも今晩のおかずを」
「そ、そうか。あの二人も困った物だな」
時々つまみ食いしているハクオロは強く言えない。適当になるが、相槌をうった。
「まあまあ。今日は大漁ですから。むしろ好都合かもしれませぬ」
そうトウカは言うと、魚籠を見せる。中には大漁の魚。中には手足が生えてげ、げと鳴く物も入っていた。
「あ、これ」
「この前聖上がお釣りになられた物ですよ。この前より丸々太って、美味しそうに」
「これなら、豪華な食事になりそうですね。私もまだ食べた事がないんですよ」
「そう、なのか」
やっぱり、なぜ『これ』が、うまそうなのか。ハクオロには分からない。と、外の風景が映る。そこには、セッカと、カルラが対峙していた。
「セッカとカルラなのか?あれ」
そう言い、指をさす。そこにいたのは確かにカルラとセッカだった。トウカは静かに見つめる。が、エルルゥは、心配そうにセッカを見つめていた。
時間は少しだけ遡る。
「準備はよろしいですわね」
「ああ、いつでも構わぬ」
カルラは剣の峰を肩に乗せ、セッカはあくまで自然体で構えていた。何処にも手を触れていない。普通なら剣に手を添えているのに。
「では、参りますわ」
そう言った瞬間、カルラが駆ける。左肘辺りに剣を構え、間合いに入ると同時に斬る。が、セッカはとんと、後方に飛び去る。着地と同時タイミングで、駆ける。足の反動を利用させ、相手より速く体勢を立て直し、抜刀と同時に斬りつける。右下から左胸目掛けての逆袈裟斬り。だが、カルラの剣が体に触れる前に受け止める。
「この程度でしたら、拍子抜けですわ」
そう言うと、一気に跳ね上げる。肩の力を一気に使いセッカを吹き飛ばしたはずだった。セッカの剣があればの話だ。力を入れる前に剣を退け、上体を逸らす。それで、カルラの攻撃を回避した。胴ががら空き。
一気に勝負を付けるべく。セッカは剣を振るう。が、その剣の動きをカルラの剣の柄が封じた。上から下へ叩きつけるように柄を落とす。
下に剣を落とさせ、一気にノド元に迫る剣。だが、それも、通じない。上体を逸らした状態からあご目掛けての蹴りを食らわせつつ、バク宙。その連鎖で、カルラとの差を開ける。
戦場で、これ程冷酷な目は無いと言うほど静かな眼差し。すっと、相手を目で捕らえながらセッカが呟いた。
「死地で遊びながら戦うと死を招く。相手を品評するなど、三流以下のする事だ」
そう言いながら、刀の向きを変える。不知火型、腕に刀の峰を密着させる間者独特の型を取る。その間も、互いに視線は逸らさない。と、カルラが剣を捨てた。
「どうやら、久々に本気になってもよさそうですわね」
一瞬笑む。が、すぐに変化が始まった。暗闇の中、大きな腕に握りつぶされるような得体の知れないプレッシャー。戦場でもこれ程の殺意は感じない。
(ギリヤギナの本来の力か)
セッカはむしろ淡々としていた。観察し、相手の動きを逃さない。その間も、カルラは殺気を膨らませる。そして。
「ああああああああああああああああああ」
高められた闘気が爆発する。と同時に駆けた。速度は先ほどまでと比べ物にならない。
瞬時に伸びたつめが襲い掛かる。が、腰を回し避ける。その動作を利用し、カウンターで回し蹴りをカルラに与え、カルラを吹き飛ばす。
沈黙。触れられてはいなかったはずだ。だが、セッカの鼻が異臭を感知する。髪の毛が焼けた時の嫌な悪臭。事実、カルラの前髪は少し焦げていた。そして、風圧だけで、セッカの着物が少し切れている。カルラの残した爪あとのように。
「ギリヤギナに火神か」
右手の防御を完全に解く。セッカは相手の攻撃を誘った。
「これで、終わり、ですわ」
自身の力全てを左手に込め、叩き込むべく、突撃する。が、セッカは相手が動いた瞬間。右手を刀の鞘に伸ばす。そして、鞘を握り取り、持ち替えると、カルラの腕目掛け突き出す。が、カルラは止まらない。勢いのみで、鞘を破壊する。その破片がセッカに
降り注ぐ。
それでも、構わない。セッカはそのまま刀を握り締めた左腕を動かす。カルラの右腕がその刀を抑えるべく動く。捕まえれば、近接戦を得意とするカルラの独壇場だからだ。が、セッカの刀の狙いは首ではない。
「?!」
一瞬遅れて気付くが、遅い。セッカの狙いは突き出された左腕。相手の手首に剣を突きつけた。
「このまま斬れば、共倒れだが?どうする」
突きつけられた刀。それを振り払うべき右腕は届いていない。届いた頃には左手はなくなっているだろう。
徐々に、カルラから闘気が失せる。
「今日は、負けにしておいて差し上げますわ」
「全く。面倒くさい」
刀を仕舞い。セッカが呟く。右腕に突き刺さる破片。血が溢れ出していた。カルラにも血は出ているが、突き刺さった破片の量が尋常ではない。
「まさか、利き腕とは逆で責めてくるとは、思いませんでしたわ」
「利き腕を重要視するのは結構だと思うよ。ただ、わしにとっては右腕など、飾りに過ぎんよ」
そう言うと、カルラはいつもの眠そうな目の中に何かに耐える悲痛な叫びが聞こえる様な気がした。
通路の枠に腰を下ろし足を外に投げ出しているセッカ。まるで、魅入られたように月を見ていた。
「セッカさんでしたね?」
不意に呼ばれ後ろを振り向く。自分の後ろにベナウィが立っていた。
「確か、ベナウィ殿でよろしかったかな?」
そう言い、セッカは不敵に笑う。ええと、ベナウィも笑みを浮かべながら肯定した。
月だけが見る二人だけの沈黙した世界。沈黙を破ったのはベナウィだった。
「どうしてここに?」
「眠れなくて、酒でも飲もうと思ったが。こんなに綺麗な月夜だったのでな。思わず見入ってしまっていた、という訳だよ」
「なるほど」
また、沈黙。
「あなたの目的は何ですか」
単刀直入に入り込んだひと言。静かな時の中、その空気は戦場に似ていた。
「女の秘密を見たがるなど、男のする事ではないぞ」
「あなたが、普通の女性なら、ですが。カルラを圧倒するような人を普通とはいいません」
「ふむ。まあ、自分でも普通ではないと、自覚はしているがな」
「聞いた事があります」
セッカの言葉を遮る様にベナウィが呟く。その言葉にセッカは耳を傾けていた。
「暗殺者として、幾つもの国を渡り歩いた少女。その動きは疾風の様でまるで捉える事が出来なかったと。その少女の通り名が『雪』だったのを記憶しています」
「で、わしがその『雪』ではないかと言いたいのだな」
「まだ、この話にはつづきがあります。その少女、が消えたのと同時に各地の戦場を渡り歩く女商人がいたそうです。『無いものは無い』と自負し転々と売り歩く少女。ただ、その少女が通った後には必ず戦争が終結しているんです。その少女の名が『電光のセッカ』」
静かに見つめる。が、先に折れたのはセッカだった。
「ふむ。ま、こうも事実を述べられたのでは認めざるを得んか」
体から力を抜き、楽にベナウィに向き合った。
「だが、過去の事でその様に目くじらを立てることは無いと思うが」
そうでしょうね。笑う。が、その表情とは裏腹に、目はわらっていない。
「ですが、貴方のトゥスクル来訪と共に麻薬が蔓延したのならば、話は別です。それに、被害者の一人と貴方が会っているのも確認済みです」
「で、どうする。わしを捕まえるか?」
今度はセッカが笑う。氷のように冷たい微笑み。互いに笑いあっているのに、緊迫感しかない。
「本当なら。捕まえるのが筋でしょうが、疑いだけでは捕まえられません。ですから、即刻この国から出て行っていただきたい」
静かに、手に力を込める。拒否した場合に備えて即刻斬れる様に……。
しばらく、沈黙して月を見つめる。沈む月を見つめ、静かに答えた。
「もう少しだけ、ここに居たかったのだが。まあ、仕方ないか」
「これでも、甘い査定だと思います。トゥスクルに巣食う蟲を殺さず生かすのですから」
対峙する二人。だが、複雑な胸中のまま、朝はやって来た。
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