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『家(下)』

 朝日がカルラを目覚めさせる。こうした自然の営みもカルラは好きだった。と、視界の影に何かが過ぎる。
「あら?」
 視界を動かし、確認する。セッカだ。手には抜き身の刀と荷物を持ち、静かに皇宮を後にする。
「なんでしょう?」
 気になり、カルラは後を追った。


「はい」
 扉を叩く音にエルルゥが返事をする。返事をした後、入って来たのはトウカだった。きょろきょろ中を見回し尋ねた。
「こちらにも居ないか」
「はい?」
 意味が分からず、エルルゥは首をかしげる。と、トウカはエルルゥの目を見て尋ねた。
「セッカ殿が何処に居られるかわからぬか?今朝からいないのだ」
「セッカさんが?」
 そう言われ、トウカは頷いた。
「どこに居られるやら」
「彼女はもうここには居ませんよ」
 トウカの後ろで声が聞こえる。その声の主はベナウィだった。
「な、どういう事ですか?ベナウィ殿」
「この国に獅子心中の虫は取り除かなければならないという事です」
「!!」
 激しく奥歯をかみ締め、ベナウィを睨みつける。
「伝説の殺し屋『雪』であり、破壊人『電光の雪』。その様な人をあまり、皇宮にとどめておくわけには行きません。たとえ、誰に何と言われようともね」
 トウカの視線を受け止め、逆に厳しく見つめる。
「セッカ殿は、もう、間者の世界から足を洗っておられる。いくらベナウィ殿でも、これ以上セッカ殿を愚弄する発言は許さぬよ」
「彼女が来てから麻薬が出回ったとしてもですか」
「!」
「!」
 その言葉に二人は驚きの表情を浮かべる。が、気にすることなく、ベナウィは続けた。
「彼女がトゥスクル領内に入った頃から流行り始めた麻薬。そして、彼女が被害者の一人と会っていたという事実。その二つからも、偶然とは言えません」
「違う!セッカ殿に限ってそんな事は」
「無いとはいえない状況なのです」
 にらみ合う二人。先に目を逸らしたのはトウカの方だ。
「なら」
 絞り出す様に呟くトウカの声。そして。
「ならば、某が真犯人を突き止めれば、問題ないのだな!」
 そう宣言すると、トウカは駆け出した。ベナウィにぶつかるが関係ない。今のトウカの頭の中には真犯人を突き止める事しか頭に無い。
「ベナウィさん」
「これは……。失礼しました」
 エルルゥの言葉に深々とベナウィは頭を下げる。
「あ、いえ。そんなつもりは無いんです。でも」
 エルルゥが言葉を止めた事で沈黙が訪れる。エルルゥは、正直迷っていた。言うべきか、言わざるべきか。

「やはり、手がかりもなく出るべきでは無かったか」
 町の中でトウカは後悔していた。行動自体は後悔していない。ただ、あまりにも
「軽率だな……」
 情報は少なく、飛び出しただけで何の準備も無い。前に橋を落とした時に、突発的に行動するのは良くないと。反省したつもりだったのだが……。
 とにかく、このままでは埒があかないと、トウカは歩き出した。まるで得物を捜す豹のように周囲に気を配っていた、犯人を見つけるために。

 とは言え、幾ら歩き回っても犯人を見つけることは出来ない。中毒患者も、見かけない。
「それに、お腹も空いてきたな……」
 朝から何も食べていないお腹が悲鳴をあげる。適当に何かお腹に入れようと、トウカは露店を見る。果物、野菜、魚や肉。様々な食材が並ぶ。その中で、果物をトウカは選んだ。調理するならともかく、そのまま食べるなら、果物が一番だからだ。店主に声を掛け様として、視界に見知った人間が映る。オボロ達3人だ。
(そう言えば、昨晩は見回りの当番だったな。……ひょっとしてオボロ殿なら情報をもっているかも)
 そう思うと、トウカはオボロの元へ駆け寄る。
「オボロど……」
 一瞬、視界が、止まる。オボロの先に居る人物。トウカを見て笑っている。
 思い出が過ぎる。セッカと初めてあった時に出会ったあいつだ。
 そいつはそのまま、トウカを誘導するようにわざとゆっくり歩き出す。
「待て」
 追いかけるトウカ。相手はトウカが追いかけるのを確認するとスピードを上げた。負けじとトウカも上げる。
 そして、トウカはオボロ達を追い越していった。


「なんだ?今のは」
「多分……」
 とドリィ。
「トウカ様ではないかと」
 とグラァがそれぞれ言う。オボロの中でムクムクと好奇心が沸き起こる。
「行ってみるか」
「「え、若様!?」」
 驚く二人を尻目にオボロはトウカを追いかける。そんなオボロに、二人も付いて行った。


「若様」
「帰りましょうよ」
 ドリィとグラァが口々に呟く。が、気にせず、オボロは歩いていた。最初は好奇心で追っていたのだが、今では意地になって追いかけている。このまま、ここで帰るのも何だか、癪だ。ザッ、ザッと草を踏み、木々を避けて歩く。しばらくして、ようやく木々が切れ始めた。どうやら、森を抜けそうだ。
「っへへ。……!?」
 トウカが去った後、段々人が集まる。しかも、全員死んだ魚の様な目をしている。まるで生きる気力を無くした者達。その目にオボロは見覚えが有った。
「中毒患者?って、事はここが犯人のアジトって、事だな」
「「どうします?若様」」
 小声で尋ねる。そう尋ねる間にも徐々に人が集まる。その数は50人は下らない。まだまだ、増えている感じだ。
「……、一旦引き返すしかねえな。ドリィ、先に帰って兄者に伝えてくれ。グラァはベナウィに連絡を取ってくれ。オレはここに残って様子を見る。急いで戻って来い」
「「はい」」
 オボロの命令に二人は急いで戻る。オボロは木々の間からトウカの消えた方向を見つめていた。いつでも飛び出せるように。


「どうもな」
 そう言って、セッカが出てきた。刀を鞘に収めて。どうやら昨日破壊された鞘の代わりを探していた所だった。
「なんか、拍子抜けですわ」
 セッカに聞こえないように呟く。いきなり皇宮を出たと思ったら、社で仮眠。そのまま、どこに向かうかと思いきや、武器屋で鞘を買ったのだから。
そう思い、帰ろうとするが、セッカは皇宮とは違う方向に歩き出す。
(なぜ、帰らないのかしら?)
 心で呟くと、カルラはセッカの後を追う。
 どれほど時間が経っただろうか。結局、セッカは都からどんどん離れていく。
と、不意に立ち止まった。
「着いて来ているのだろう?隠れてないで姿を見せたらどうだ?」
 そう言い後ろを振り返る。茂みの中から、カルラが出てくる。その感じは堂々としている。普通なら、悪い事をしたわけでなくとも、そろそろと萎縮して出てくるのに。歩けば数歩のところで、カルラは立ち止まった。
「気付いてましたの?」
「ああ、皇宮からずっとな。途中、社で仮眠でも取れば諦めると思ったのだがな」
「負けたままというのはあまり好きではないんですの。それに、せっかく本気で戦える相手を黙って去らせる気はありませんわ」
 見据え、睨む。が、セッカは気にせずにいる。いつもの様に眠い目でカルラを見つめていた。
「追い出されたのだから静かに去りたかったのだがな」
「どうせ、追い出されなくても、貴女は静かに出て行くのでしょう?」
「別に」
 肯定とも、否定とも取れる言葉。そこに、駆けて来る人影……。ドリィだ。なにやら、急いで皇宮に向かっているらしい。
「あら、どうしたんですの?そんなに急いで」
「あ、カルラ様……」
 急いでいたドリィが足を踏ん張らせて立ち止まる。そして、ちらちらとセッカの方を見た。
「いいから。話してくれません?」
「は、はい」
 言われ、それでも言いよどむ。が、間を置いて、答えた。
「どうやら、麻薬の発信源を突き止めたんですが、そこにトウカ様が一人で乗り込まれて……」
「な……」
 その言葉でセッカは拳を握り締める。まるで、自分自身を壊すほどの力で。

「どうする?」
 自問自答。目の前の光景を見て、オボロは考える。ドリィとグラァを皇宮まで戻らせ、援軍を呼んでくる。までは良かったと思う。が、人数が半端ではない。
「いくら、ベナウィだって、軍隊で来るわけがないし……」
 いままでどこに居たんだと言う位の大人数。まるで、戦場のように人が多い。
 ガザガザ。木々がこすれ、何かが近づく音。音のした方向を見る。
「な、セッ……」
 言うより、早くセッカが駆ける。そして、左手で刀を抜き放つと、右手に持ち替えた。
「邪魔だ」
 人の間をすり抜ける。そして、目の前を阻む物は峰打ちで、吹き飛ばす。そして止まらず進む。
「な、なんだ?」
「あら、オボロ」
「げ、カルラ」
 呆然とセッカを見ていたオボロだが、カルラが来た事で現実に引き戻された。
「嫌な物の言い方ですわね。せっかく助けに来たと言いますのに」
「わ、わりい」
「ほら、ぼ〜っとしている暇は無いですわ。僕?」
 冷ややかに、オボロを見つめるカルラ。あからさまなカルラの挑発にオボロは目の色を変えた。
「なめんな。あんな奴等ぶっ飛ばしてやる」
「ふふ。その意気ですわ」
 そう応えると、カルラが先に駆け出す。遅れじと、オボロも追った。
(あの娘、何故か庇っていたはずの右手で攻撃していますわね。嫌な予感がしますわ)

「彼女は犯人じゃないです」
 先刻のエルルゥの言葉、ベナウィはそれを擁護の言葉だと思った。
「いくらエルルゥさまでも」
「違うんです。あの人、これを手に入れるために」
 そう言って、差し出したのは、紙に包まれた白い粉。
「それは」
「例の薬だそうです。本当はおばあちゃんに渡して特効薬を作ってもらうつもりだったって、言ってました」
(それで、被害者に会っていたと。薬を手に入れるために)
「確かに彼女は今回の件で濡れ衣を着せられたようですが、伝説の暗殺者であり『電光のセッカ』である事には変わりありません」
「彼女が、何故暗殺者を辞めたか。分かりますか?」
 エルルゥの呟き。その真剣さに、ベナウィは言葉を奪われた。
「あの人、ユズハちゃんと同じくらいに重病なんです」


「右手の地神が、鉄になって段々体を侵食していく病気なんです」
 仕事をハクオロに渡した後、ベナウィは通路で風に当たっていた。エルルゥの言葉を思い返しながら……。
「ベナウィ様。こちらにいらっしゃったのですか」
 息を切らせながらグラァが走ってくる。
「どうしたのですか?それに、警邏の交代時間はとっくに」
「それが、麻薬中毒患者が集まっている所があって、そこが敵のアジトじゃないかって若様が」
「敵の根城ですか?」
 ベナウィの言葉にグラァは頷いた。が、すぐにあまりよくない表情に変わる。
「はい。ですが、トウカ様が一人で進まれて……」
「うかつですね。……分かりました。貴方はクロウに連絡して下さい。私も準備が終わりしだい行きます」
「分かりました」
 グラァが走りさる。その後をベナウィは急ぎ馬小屋を目指した。


 人垣を抜けた先に鍾乳洞のように広い洞窟があった。
「ここか」
 後ろを見らず、近づいた者を剣で吹き飛ばす。そして、一旦呼吸を落ち着けると、また、一気に加速して、洞窟内に入って行った。

 洞窟の中は薄暗い闇の中。何とか夜目が利き始めたと言っても、凡その見当を付ける位しか役に立たない。
 そんな洞窟内が仄かに明るくなり始める。上からだけではない。光があらゆる方向からあふれている。気になり、セッカは壁を見た。どうやら、この洞窟内には光苔が生息しているようだ。そして、足元。足跡が二つ。一つはトウカだろう。そして、もう一つが。
「わしに麻薬密売など、濡れ衣を着せた輩か」
 熱く成りかける心を落ち着かせ、再び歩き出す。段々、苔の量が多くなる。そして、
足跡が消えた。代わりにあるのは何かを引きずった様な跡。
(焦るな!もし、今の考えが正しいなら殺される事はない!)
 刀を握る手に力がこもる。力の込めすぎで体が震える。何とか、自分を押さえ込むと先に進んだ。


「!!」
 駆け出したくなる気持ちを抑え、立ち止まった。目の前に縄で縛られているトウカ、そして……。
「主か」
 尖った耳、に長い尻尾、のギリヤギナ族、そして、体に走るん無数の刀傷。前にセッカが戦った相手であり、トウカに出会う事になった事件の張本人。
「ひさしぶりだな。セッカ」
 あの日倒したはずの黒連猿の首領がそこに立っていた。薄く笑みを浮かべて。


「貴様か。投獄されて帰って来れまいと思っておったが、少々甘かった様だな」
「へ、このザンギ様にぬかりはねえ。あの城の兵を一人手なずけておいたからな。抜け出すの位訳ねえさ」
「なるほど……」
 静かに見つめる。ただ、その中にあるのは凍えるほど冷たい殺意。カルラのそれが炎の様に激しい物だとしたら、セッカのそれは、相手を凍て付かせるほどの寒さ。
「てめえのこの傷がな、うずくんだよ。てめえの反吐みてえな顔が浮かぶとな。こんどこそ、お前を地獄へ叩き込んでやるよ」
「その前に、一つだけ尋ねる」
 反論を許さない氷の視線。相手が何か言う前にセッカは尋ねた。
「わしを倒すために先回りしたのは別に構わんが、わしをおびき寄せるために、この国に麻薬をばら撒いたのは貴様か?」
 セッカの言葉にザンギは笑みを浮かべる。そして、答えた。
「まあ、おれも部下がいなかったからな。この薬を使えば誰でもおれのいう事を聞く。それに、この国には貴様をおびき寄せる餌もあるからな」
 そう言ってトウカを見る。その言葉にセッカは静かに目を伏せた。そして、目を開くとひと言だけ、告げた。
「そうか……。例えこの身が朽ちようと、貴様に次は無い。地獄へ送り返してやるよ」
 宣言と同時に駆ける。飛び跳ねるように駆け、数十メートルの距離を一気にゼロにした。
「死ね」
 一気に間合いを詰めたセッカに向かって振り下ろされる巨大な刀。が、セッカの加速力は相手の予想を越えていた。一瞬、低く構え、全体重を足に付加をかける。そして、その付加を反発させ、加速させた。
 相手の剣を余裕でかわすと、ザンギをすり抜け、一気にトウカの元に駆け寄る。そして、剣を一閃させるとザンギに向き直る。縄だけをセッカは断った。
 が、ザンギは笑っていた。切り札とも言うべきトウカを失ったにも関わらず。この違和感が一瞬、セッカの頭によぎる。
「!」
 シュという金属が擦る音が聞こえる。と同時にセッカは思い切り横に跳んだ。壁を背にして二人を見る。
 笑っているザンギ。そして、血塗られた刀を握るトウカ。背中に感じる痛み。何も映していないトウカの瞳。
 トウカのその目は、操られた者のそれと、同じだった。

「愉快だろ?助けた奴に斬られるなんざよ」
「下衆が」
 奥歯をかみ締め、言う。背中の痛みは特に無い。だが、問題はトウカだった。
(切り札はとうに使い切った。……全てが運次第とはな)
 二人を見据え、刀を反す。トウカを斬るわけにはいかない。峰打ちで何処までいけるかも分からない上に、二人を相手にしなければならないのだ。
(トウカ殿を気絶させて、奴を逝かせるしかないな)
 目を閉じ、すぐに開眼する。そして、無言のまま、駆け出した。トウカが。
「?!」
 驚くが、すぐに迎撃体勢に入る。体を直角に向き直し、後ろへ跳ぶ。が。
「く!」
 予想以上にトウカの動きの早さ。何とか、ぎりぎりで回避したつもりだったが。衣服の一部が切り裂かれた。
 着地と同時に迫るトウカの白刃。が、今度は受け止めた。
「全く、面倒くさい」
「ああ、そうだな」
「!」
 不意の横からの声。トウカとの競り合いに聞こえる声。完全にトウカのみに気を取られすぎていた。いつの間にか来ていたザンギに気が回っていなかった。
「そらよ」
 左手を捕まれ、力任せに投げ飛ばされる。
「がはぁ」
 斬り付けられた背中を強打され、苦悶の表情を浮かべる。が、それだけで、終わらない。すぐに追いつき、右手首を掴む。
「潰してやるよ」
 右手首を掴み取り、そのまま、力を込める。
「ぐ、ぁあああああああ」
 あまりの力に骨が軋み砕かれる。感覚は痛みしかなく、握っていた刀が手から落ちる。
「ほらよ」
 またも、なすがままに飛ばされる。唯一の救いは足を踏ん張っていたために、足元に落ちた刀を引きずってきたという事のみ。背中の痛みに加え、右手首を粉砕された事は、大きな痛手だ。
「ざまぁねえよな。人質取られて殺されかけてんだからよ」
「別に。それだけ、貴様が、下衆だと、いう事だろ」
 痛みであまり、息が出来ない。睨む目にも力が入らない。
「減らず口を叩けるのもここまでだな。」
「そうかな?」
 痛々しいまでに苦痛に歪んだ笑みを浮かべる。左手で、静かに足元の刀を握り締める。そして、内出血している右手首目掛け、切っ先を突き立てる。
 赤い血が雫になって、零れ落ちる。
「例え、この体を滅ぼす事になっても、貴様を地獄へ道連れにしてやる」
 零れ落ちる雫。が、急に血が、落ちなくなった。

「くそ。キリがねえ」
「もう、疲れましたの?僕?」
「うるせえ!」
 そう言い、オボロがまた一人、麻薬中毒者を倒す。
 歴戦のつわ者たる、オボロとカルラにとって、戦いにくいわけではない。むしろ、用意に戦える相手ではある。が、問題は、その数だった。足元に倒れている人の数。それは、とうに200は超えていた。しかもそれを殺さずにである。こうなると、疲労が体力を奪う。それでも、地道に二人は数を減らしていった。
「おぉぉおぉおおおおお」
 単純な相手の攻撃をかわし、一人オボロがまたたおす。その時!
 ドフ!と音を立ててオボロが飛んだ。攻撃した直後に、攻撃を食らったからだ。
「!!」
 カルラが声にならない声を上げる。助けに行こうにも、距離が離れてしまった。
「くっ」
 一瞬、死すら覚悟する。が、その必要は無かった。遠くから、無数の矢が飛んでくる。
「「若様!!」」
 ドリィとグラァだ。
 その先陣を切るのは。
「ベナウィ」
「大丈夫ですか」
 ウマの上から、敵を柄で、なぎ払う。
「てめえ、遅いぜ」
 息も切れ切れでオボロが強がる。その様子を見て、ベナウィは微笑んだ。
「その分なら大丈夫そうですね」
 そう言って、手綱を握り締める。
「おい、何処に行くんだよ」
「この国を荒らした犯人を捕まえます」
 そう言うと、手綱を引いた。そして、一気に駆けて行った。


「な、貴様」
「悪いが、こうなってはあまり時間をかけられんのでな」
 右腕が銀色に輝く。腕が動かない代わりに痛みも何も感じない。セッカの右腕は完全に鉄に変化していた。
「行くぞ」
 剣を不知火型に持ち直し、一気に駆け出す。右腕は下ろされたまま。同時にトウカも駆け出す。
「こけおどしが」
「なら、味わえ」
 勢いを付けたまま立ち止まり、振り子の要領でトウカの腹部にセッカの腕があたる。いや、金属の棒で殴ったと言ってもいい。今のセッカの腕は完全に金属になっているのだから。
 まるで、球のようにトウカを吹き飛ばす。そのまま、ザンギ目掛け、吹き飛ぶ。
 そのトウカの弾丸を片手で弾き飛ばした。トウカは完全に気を失っていた。
「なるほど、単純な攻撃しか出来ないのか。しかも防御もままならん。本来のトウカ殿以下だな」
 余裕の言葉。だが。
(不味いな。肘を完全に奪われたか。時間があまりない)
 段々、右腕が金属に奪われていくのが分かる。
(うかつだったな。今朝薬を飲めなかった事がこうも、裏目に出るとは)
 内心の不安をおくびにも出さず、睨みつける。
「なら、本気で相手してやろうじゃねえか」
 ゾクッ。背中に寒気が走る。昨日感じた寒気。ギリヤギナ族が持つ爆発的な殺気。
「ああああああああああああああ」
 咆哮と同時に一気に駆け出す。
 掴もうと迫るザンギの腕だが、セッカは余裕でかわした。
「貴様など、トウカ殿という人質がいなけければ、遅れをとることは無い」
「ホザケ」
 かわした直後に迫る二撃目。これもセッカを捕らえる事は出来ない。まるで、蝶が舞うように後ろに下がる。
「そろそろ、終わりにさせてもらおうか」
 着地。同時に地を蹴る。限界まで足に付加をかけ、低空に駆け出す。
「アマイ」
 負けずに低空に剣を振るう。セッカの頭に当たる前にキンと何かに当たる音がした。セッカの右腕だ。剣のなすがまま、横に吹き飛ばされる。が、何とか、体勢を立て直し、壁に足を付け、三角跳びで、ザンギの足元に飛ぶ。まるで座り込むようにセッカは着地した。
 カラン。剣が落ちる。ザンギの剣が手から零れ落ちる。その後に続く様にこぼれる赤い雫。
 すれ違い様、セッカの剣がザンギの神経を断っていた。そのまま、起き上がるようにザンギの胸元を切り裂く。鮮血がセッカを朱に染める。
「ぐぁああ、きさま」
 多量の血を失い、後ろに倒れこむザンギ。そんなザンギを冷酷にセッカは見下していた。
「痛むか?」
 答えの代わりに返って来るうめき声構わず、セッカは続けた。
「貴様に利用された者全てがその様に苦しみながら死んでいったのだろうな」
 冷酷な憎悪、それでも、返って来るのは苦しみの声のみ。剣を持ち直し、言葉を告げた。
「うるさいな。黙らせてやろう、永遠に」
 剣が突き立てられる。その前に、何かに弾かれた。長い槍。それは、ベナウィの得物だった。
「そこまでです。これ以上は我々の仕事です」
 文句を言うように睨み付ける。が、その眼差しを平然と受け止め言った。
「これ以上は必要ありません。貴方の御蔭でトウカも助かりそうですから」
 ゆっくり、だが確実にセッカの体から力が抜ける。
「そうか、なら、もう、どうでも」
 そのまま、力尽き、セッカは倒れこんだ。

 腕にかかる鈍い痛み。痛みを感じる。
「我ながら、しぶといな。まだ、生きているとはな」
 いつもの癖で、右手を使って起き上がろうとする。が。
「$%!$%!」
 声にならない悲鳴をあげ、セッカは腕を抑えた。
「阿呆か、怪我している腕で起き上がろうとするとは」
 そう言いながら、気がつく。腹部にかかる重み……。
「トウカ殿……」
 周りをみれば色んな人がいる。ただ、部屋の中が暗いという事から考えて、夜だから寝ていると言うのが現状だった。
「あ、気がつきました?」
「っと、エルンガ殿でしか」
「エルルゥです!」
 怒りを含ませ言う。その言葉に少し笑みを浮かべ謝った。
「礼を失したようで、申し訳ない。ひょっとして、手当てをしてくれたのか」
「ええ、腕と背中を。一応今は鎮痛剤が効いていますけど……」
 言われて納得。たしかにあれほどの怪我だったのだから動くどころか寝ているだけでも激痛が走っているはずだ。と、右手の痛みで思い出す。
「腕は、治ったのか」
「いえ、紫琥珀で一時的に地神を抑えているだけに過ぎません。次にこんな怪我をしたら多分肩まで行くかもしれませんよ」
 エルルゥの言葉に寂しそうな顔をセッカは見せた。そして、愛しい様に右腕を撫でる。
「そうか……。まあ、無事なのだからよしとしよう」
「良くありません!」
 急に大声で言われ、セッカは驚いた。エルルゥの方は泣きそうにセッカを見ている。
「みんな心配したんですよ。トウカさんだって、元に戻ってからずっとあなたの側で泣いていたんですから。目覚めないって」
「という事は、麻薬に対する中和剤はできたのだな」
「ええ、貴方が持ってきた薬を分析して何とか」
「そうか。なら、このまま眠っていても良かったのだがな」
 バチィン!頬が熱くなる。エルルゥが頬を叩いたからだ。
「死んでもいいみたいに言わないで下さい。残された人たちの気持ちはどうなるんですか?心配して残された人たちはどうなるんです?」
 しばしの沈黙。そして、悲しそうに呟いた。
「分からんのだよ。正直言って」
「え」
 エルルゥが驚きの声を上げる。
「家族の温もりと言葉で言える容易い物に実感がわかぬのだよ。物心がついた時から、ずっと一人だった様な気がする。誰かのために戦った事も無いしな」
「だったら」
 そう言って、エルルゥは笑顔で答えた。
「ここにいるみんなが家族です。トウカさんもカルラさんも私も、みんなみんな、セッカさんの家族です」
「そう言ってもらえるのはかたじけないが……」
 言っている途中で鳴るお腹。朝から何も食べていないのだから、お腹が文句を言って当然だ。
「何か、食べる物はないかな?どうもお腹が減って。それに、薬を飲むためにもお腹に何か入れたほうがいいと思うのだがな」
 恥かしそうに下を向いて言うセッカに、エルルゥはクスッと笑って答えた。
「それじゃあ、何か作ってきますから、待っていて下さい」
 そう言うと、エルルゥは立ち上がり外へ出て行った。
「家族……か」
 呟いた言葉、どこかその言葉にセッカは温かみを感じていた。

「で、何時まで様子をうかがうつもりかな」
「やはり、気付いてましたか」
 そう言って、ベナウィが入ってくる。そして、深々と頭を下げた。
「今回の事は私のミスです。どうか、殴るなりして下さい」
 潔いほどの謝り方だ。その言葉に、セッカは面倒くさそうに答えた。いつも通りに。
「別に気にすることはないよ。そんなことする方が無駄だ」
「ですが」
「逆なら」
 食い下がるベナウィに、セッカは笑って応えた。
「もし、逆の立場でも、わしは同じ結論を出していたよ。それを責める事は出来んさ」
「そうですか」
「ああ、『家族』なら、こういう時に笑って許すと思うのだが、どうかな?」
「そう、ですね。家族なら、許してくれます」
 感慨深げにベナウィは頷いた。


「どうしても行くのか?」
「ああ、わしを待っている奴もいるだろうし、それに右手を治す方法も探さなければならぬしな」
 右手を見せていった。もう、痛みは完全にないし、背中の傷も完治している。ハクオロの問いかけにセッカは微笑んで見せた。
「そうか。みんな残念がるだろうな」
「何、行くという事は帰ることもまたあるという事だ。今生の別れではないのだから悲しむ事は無いよ」
「それはそうだが、なんでこんな夜更けに。たまたま私が厠に出たから見送りがいるものの、無ければ見送りもなかったぞ」
 文句をいうハクオロにいつも通りの眠そうな目で言った。
「にぎやかなのは性に合わんよ」
「まあ、そうかもしれないがな」
「さて」
 そう言うと、背中に荷をからう。背中に痛みはない。
「あまり、話し込むと、誰かが来るかも知れんのでな。そろそろお暇させてもらうよ」
「そうか」
 寂しそうにハクオロは呟いた。
「また、ここに寄ってくれるか?」
「それは、商売での上か?それとも遊びに来いという事か」
「どっちに取ってもらっても構わんさ。顔さえ見せてくれれば」
 そう言われ、一瞬考え込むと、ひと言だけ告げた。
「なら、帰ってくる、だな。『家族』の待ってくれているここに」


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